祭神は、宇迦御魂神(うがのみたま)のほかに、大己貴神(大国主命の別称)、佐田彦命、大宮主命、事代主命の四神。
お稲荷さんのご祭神は須佐之男神と神大市姫(かむおおいちひめ)の子供の女神・宇迦之御霊神(うがのみたまのかみ)で、食糧を司り、とくに稲の豊穣を護るのである。だから、古来より米を生産する農家だけでなく、米を主食とする日本人の尊崇を集めてきた。
カテゴリーアーカイブ: 鎌倉
鎌倉 神仏分離で名を改めた「小動神社」
鎌倉 源頼朝の娘、大姫、哀しい話が「岩舟地蔵」
鎌倉 神の霊水が岩の間から湧き出ている「銭洗弁天」
源頼朝(みなもとのよりとも)は、幕府をこの鎌倉の地に開いてから、日夜神や仏に祈って、人々の命を救おうとしていました。巳(み)の年の1185年(文治元年)巳(み)の月の巳の日の夜中、夢にひとりの老人が現われ、
「お前は人々のために何年も心配してきた。自分はお前のその真心に感心した。天下が安らかに、そして、人々が豊かに暮らせるように、大切なことを教えてやろう。ここから西北の方に一つの谷があり、きれいな泉が岩の間から湧き出ている。これは福の神が神仏に供えているという不思議な泉である。今、これをお前に授けるから、今後この水を汲んで絶えず用い、神仏を供養せよ。そうすると、人々が自然に信仰心を起こし、悪い者達はいつしかいなくなる。そして、お前の命令もよく行き渡り、天下は平和に栄えるであろう。自分はこのかくれ里の主の宇賀福神である。」
と言って姿を消しました。
鎌倉 もとは鶴岡八幡宮寺だった「鶴岡八幡宮」
鎌倉 山門を潜ると石仏が並ぶ参道「光触寺」
鎌倉 [おんめさま]の名で親している「大巧寺」
鎌倉 桓武平氏の先祖を祀る「八坂神社」
鎌倉 腰越 日蓮の刑場(処刑中止)の跡に「龍口寺」
鎌倉 子宝のご利益がある「甘縄神明宮」
鎌倉 龍口寺輪番寺で最も早く建立「本龍寺」
鎌倉 腰越 日蓮にぼたもちを供養した「法源寺」
鎌倉 腰越 日蓮の刑場(処刑中止)の跡に「龍口寺」
鎌倉 弁財天を円覚寺の鎮守とした「鐘楼弁天堂」
鎌倉 明治維新で実現した王政復古「葛原岡神社」
鎌倉 汚れを洗い落とし、銭を清める「銭洗弁天」
鎌倉 もとは泰澄山瑠璃光寺ともいった「寶善院」
宝善院(真言宗大覚寺派)は、加持山霊山寺・泰澄山瑠璃光寺という2つの山号寺号をもち、院号が宝善院。
開山の泰澄は、「越の大徳」(越前(福井)・越中(富山)・越後(新潟)で並ぶ者のいないほどの徳の高い僧)と呼ばれていた。加賀の白山を開いた人物。
江戸時代には、この寺の僧が龍口明神社の別当に任じられたこともある。
村人の信仰を集め栄えたが、明治の神仏分離によって、静かな寺となった。
“越の大徳” 泰澄大師の十一面観音伝説がいきるお寺さん腰越にある真言宗のお寺さんです。腰越の海近くの山裾にあり、とても静かで清々しい空気があります。白山信仰の神の山、白山を開き“越の大徳”といわれた泰澄大師が開いた寺院としても存在感があります。



















