性格は、人生のいろいろな段階で変わっていく!

 意欲が無いといつの間にか悲観的になっていることが多いですね。
 希望を持つには、前向きに考えることが大事ですね。希望をあがあれば悲観的になることはありません。
 失敗しても前向きに考えていれば、新たな希望が見つかります。
 前向きに考えることに、ボランティアかと同派役に立つのでしょう!

嫌われているなと思っている人には挨拶をしておく!

 自然に話せる人がいたり、気お使いながら話す人がいますね。
 相手が、自分の知識にこだわる人は、話しにくいですね。
 知識というものの多くは、ある条件の中で正しいものが多いのですが、そのことを意識しないで、どの場面でも正しいと思っているようです。
 それに気づいたのは小学校の家庭科の時間です。
「新鮮な魚の見分け方」で教科書には
 ①目の色の澄んでいるもの
 ②えらの色が鮮やかなもの
 などが書いてありました。
 しかし、私の育った町では、魚に触って動くかどうかでした。タコとかイカでは、吸盤にさわって吸いつくかどうかでした。
 テストに体験をもとに答えを書くと「×」なのでしょうが、教えられる知識に疑問を持ちました!

物質的な富を誇っても、その人自身の価値ではない!

 自然にそって生きていくのが生物の基本。
 その本の中で、状況に応じて協力しながら生きてきた人間。
 しかし、文明が出来、産業革命を行い、いつの間にか自然は制御できると、思ってしまいました。
 でも、自然はそう簡単には、人間の思うとおりにはなりませんね!

近日中にかたづけるべき仕事を列記する!

 やることがたくさんあり、頭が混乱したとき、リストに書き出すことも良いのですが、カードに書き、優先順位に応じて並べることも、効率化につながります。
 カードだと、並び替えが自由に出来、途中で変えることも可能です。
 霊性に考えることが難しい場合も、支援してくださる方に、優先にづけを手伝ってもらうこともできます。
 混乱したときは、「文字化」できれば良いですね!
 

マネジメントは、あくまで「継続的なもの」!

 経済の成長期には、「一発勝負」を繰り返すリーダーが多かったが、経済が安定化すると、周到な準備をし、着手するタイミングを見計る必要がある。
 いあゆる「正しい判断」ができるように、「ものさし」となるべき誠実な人生哲学を持つ必要がある。
 これには、事実をありのままに、正確に把握する経験を積み上げるしかないんでしょうか!

些細なことに対しても、ふらつかない胆力!

 心の安定感はどのようにしたらいいのでしょうか?
 何かにこだわってしまうと、不安感が出やすいようです。
 すると、行動もできなくなってしまいます。
 具体的な行動に移れば、不安感などは湧いてきません。
 やはり、早く決め(これが大事)、早く行動出来れば、不安はなくなるのでしょうね。
 訓練しかないのでしょうね!

顔の表情は感情の鑑!

 笑うと人間関係がよくなると同時に、自分の健康にもよいと言われています。
 大阪の笑いは、苦労する環境の中で、生き残るための笑いなのか、そんな気がしてきます。
 大阪の笑い、京都の言葉遣い、なんとはなく生き残るために生み出したような気もします。
 しかし、対人関係では、笑いは大事な機能なのですね!

夏の暑い日は体温と同じくらいまで気温が上昇!

 熱中症の季節ですね。熱中症にかかる人は、その人の置かれた環境の違いだけなのでしょうか?
 同じ環境にいても、熱中症にかかる人・かからない人の差はどこにあるのでしょうか?
 温暖化が進む地球、熱中症にかかりにくい人が生き残っていくのでしょうね。
 縄文時代は、温暖化の季節から寒冷化の季節に向かったようです。海面の高さが数mも違ったようです。
 このときに生き残った人々は、寒冷化に強かったのか、住む場所を移動し生き残ったのか、どうなのでしょうね!

「いやです」と言われる場合を想像!

 ストーカー事件が増えています。好きな人に対する感情よりも、怯えや不安の感情の方が強いためなのですが、子供時代に、怯えや不安の体験が多かったのでしょうか?
 核家族化が進み、子供時代に接触する大人の数が少なくなり、また、ガキ大将もいなくなり、救ってくれる人がいない状態で育つ人が増えたためなのでしょうか?
 確かに、スーパーやコンビニで声をかけられることもなく、ただ買い物をするだけ、むかしは、店の人が普段話やお客の興味の持ちそうな話、子供を連れていれば、子供にも声かけをしていましたね!

一人ひとりの価値観が多様化した!

 人間の感覚には、優先順位があります。
 感覚の優先順位は、触覚>聴覚>視覚>嗅覚>味覚のようです。
 昨今の情報社会では、視覚を使うことが多くなりました。画面に音をつけ加えるのは、視覚より聴覚が優先する為の野でしょうか?
 そう言えば、歯の治療で痛みをやわらげるため、左右の足先を組み合わせ、力を入れると痛みが和らぎます。これは「触覚(タッチ)」が優先順位が高いためなのでしょうか?

相撲を取り始めると、意外と汗をかいていません!

 暑い日に来客があると、つい冷たい物を出します。相手も、冷たい物が欲しいかどうかは別にして、感謝します。それが日本文化です。
 しかし、外国の人の来客が増え、それぞれの文化があり、その人が望んでいる物を出す配慮が必要になってきたようです。
 日本の文化を求めて来日する人も多いようですが、日本文化を押しつけることには注意が必要のようです!

心というやつは、すこぶるコントロールしにくい!

 自分の成長の目的地を、幾つになっても決めている人は、どのくらいいるのでしょうか?
 成長の目的地、これを決めるのはかなり難しいと思うのですが。
 中国では、皇帝などが不老不死を求める文化があるようですが、その人の「成長の目的地」を決める文化はあったのでしょうか?
 「権力」を永久に求める文化なのでしょうか?
 日本の向かいの物語「竹取物語」では、かぐや姫が月に帰るとき、不老不死の薬を帝に渡したが、富士山の山頂で燃やしたとなっていますね!

移りゆくことこそが永遠の真理!

ブッダの遺言
 私はたしかに、もうすぐ死ぬ。
 しかし君が悲しむことはない。嘆くこともない。
 私はこれまで何度も説いてきた。
 「どんな愛しい者からも、大好きな者からも、100%の確率で、生きているうち、もしくは死ぬときに、引き裂かれて別離し、すべては移ろいゆく」と。
 いったん生まれたもの。存在するもの。つくられたもの。それらはすべ て壊れゆく定めにあり、「壊れるな」という無理が通ることはありえない。
 この世に永遠のものなど何ひとつなく、私の命もまた永遠ならずして、もうすぐ私はそれをそっと手放す。
 それはごへごく自然なこと。
 すべてのものは一瞬一瞬、刻一刻と壊れて、少しずつ消滅してゆく。
 だから、君はほんの一瞬もムダにすることなく、ダラダラすることなく、精進するように。
 これがまもなく死にゆく私が、君に先生として残す、最期の遺言となるだろう。

「おひとりさま」とは精神的に自立した女性のこと!

 最近は、「一人で生きる」ことを前提にした生き方が増えています。
 これは、生活が安定したため、精神的な安定のためなのでしょうか。
 人生、ある時期は精神邸に一人で自立して生きることは、自分の成長のため必要になってくるのでしょう!

自然に反する生き方がいかに悪いか!

 生き物は、自然のリズムに合わせるように設計されています。そのためか、自然のリズムが変化すると、絶滅に至る生物も出てきます。
 ただ人間は、産業革命により、自然の変化をある程度は対応出来ているのでしょう。
 肥料など運び、水を運び、自然の環境を変えるようになっています。
 しかし、それらが行き過ぎるとどうなるのでしょうか?
 温暖化もそうですが、戦争もそうなのでしょう。
 あと何年、生き残れるのでしょうか?

自分に不利でも「いや」と言わない……!

 災害が頻繁に起きています。災害で不幸な大人たちが幸せになれない最大の原因は、自分で幸せになろうとしないところのようです。
 そのようにならないため、やはり支援が必要です。
 まず、安心してもらう環境作り、それができると、次に自立できる環境づくり、すると自分で幸せになろうという意欲が湧いてくるようです。
 災害が起きる前から、そんな環境があると、より自立心が湧きやすいのでしょうね!

人と出会えば、何かが生まれる!

 「人と出会う」ことを、意識して出来ることは、特に歳をとると大切です。
 しかし、自分に固定観念があったり、自分を飾り立てたりする人には、その場の付き合いは出来ても、普通の付き合いは難しいようです。
 特に都会暮らしに慣れてしまうと、かなり意識を深くしないと難しいですね。
 都会から地方に移る人は、なんとなく気がついているのでしょうね!

「世界経済」に協力するか、または逆らうか!

 産業革命は、人類を幸せにした、と何となく思っていました。
 当時は、新しい燃料の石炭が大量に消費できるようになり、蒸気を使うなど、それまでには手に入らなかったエネルギーを手に入れました。
 しかし、石炭が消費で少なくなり、石油に移行しました。
 これは、むかし森林を伐採し、燃料に使い、森林は草原や砂漠になってしましました。
 このような石炭や石油の採掘は、何かしら地球に影響してこないでしょうか?
 最近増えている地震とは関係がないのでしょうが、何かしらの災害につながらないのでしょうか?

将来、食糧難が起こるのか?

 円安で、食料などの生産は国内でしたら、と思う人が増えているt思われます。
 むかし言われていた「鎖国」にしたら、と思ってしまいます。
 石器時代から縄文時代の大昔から、食料や水が豊かだこそ日本にヒトが住み始めたのでしょう。
 しかし、現在は食料や肥料も輸入に頼っています。
 そのためか、病気も昔と違っている部分もあるようです。
 今でも、田舎苦死は暮らしは、地産地消がある程度残っているのでしょう!

二人の名医、それは、発熱と食欲不振!

 昔から、権力者が「不老不死」をもとめたと、特に中国の歴史にあるようです。
 現在も、いろいろと研究が進み、そのうち実現すると思われている。
 しかし、「不老不死」が実現すると、人口がもっと増え、食料や燃料が不足してしまいます。
 食べなくても生きていける人類が生まれるのでしょうか?
 技術の発達は、人類にとってプラスなのかな?