忙しい中で時間をつくり出す!

 「時間がない」と思うことはありますね。NETが簡単いつ帰ると、よけいに時間がなくなります。
 時間の使い方、これは、何をやるかの優先順位のつけ方ですね。優先順位を付けないまま、つい、時間と使ってしまいます。
 特に、NETでの検索では、検索者の傾向にあった情報を提供してくれます。そんため、つい時間を使ってしまいます。
 改めて、自分の思い込みを捨て(先入観を捨て、身につけた知識を捨て)、事実をありのまま観察し、対応できれば、優先順位にそった時間の使い方ができるのでしょうね!

ほめられることは最大の癒しだ!

 批判しがちになることは、なかなか抜け出せないようですね。
 ネットなど(国会でも)批判が溢れています。
 でも、ほめることの重要性はそれほど意識されていない場合が多いようです。
 秘本後は、ある意味「曖昧」を許容する言葉です。解釈の幅が広く、たとえ批判であっても、少しは穏やかにしてくれるようです。
 しかし、批判するよりは、ほめるほうがいいですね!

「自分が完全であること」、他人にとってどれほどの価値?

 「人として完全である」ことを求めている人がどの程度いるか、むかしとは違っているのでしょうね。
 社会が、個人主義駅な傾向が強くなり、まわりをそれほど気にしなくなっているのでしょうか?
 それとも、不登校の人が増えているので、まわりを気にする人が増えているのでしょうか?
 欧米のシステムや情報が増え、交流も増えているので、社会は変化しているのでしょうが、どのようになるのでしょうか?

いつも時間に追い立てられて「テンパっている」

 NETの普及で、時間の追い立てられ寝不足になりやすい時、コマギレ時間もなくなってしまいました。
 旅行に行っても、写真がすぐ撮れる時代、じっくりとその場所の雰囲気を楽しむことも少なくなりつつあります。
 このような時代こそ、本を読むなど、時間を作り出す工夫が必要ですね。
 仕事など、物事の処理スピードを上げ、できた時間をのんびりと過ごす時間にあてられると良いのですが…………!

エゴに満ちた心には、複雑な事象しか見えてこない!

 先入観で、物事を見るクセがついてしまうと……。
 物事は、素直に、ありのままに、見る力が必要なのですが、知識や情報が増え、しかも、その情報が事実かどうかわからない情報が増えてきている現在、事実を捉えることが難しくなってきています。
 最近は、メールなども詐欺情報がどんどん増えてきています。事実確認も難しい時代になっていますね。
 アメリカ大統領のトランプ氏の情報も、事実確認が難しい時代ですから!

ボランティア活動は、他者に気持ちを向けるようになる!

 日本に「ボランティア」という言葉が一気に身近になったきっかけは、1994年の阪神淡路大震災を契機としているようです。
 この時期の日本では、すでに核家族が進み、周りの人たちとの共存が少なくなっていました。そのためか、地域以外の親切な人達の応援が必要になり、ボランティアという言葉が広まったのでしょうか!

目先の問題をどう切り抜けるか、という立場からの行動は?

 災害に遭うと「さしあたりの目先の問題をどう切り抜けるか」と考えてしまいます。
 東北の大災害でもそうでした。災害復旧で新たな税収を設定し、いろいろな災害復旧の構築物をつくりました。しかし、年数が経つと構築物の維持費などが増えていきました。
 また、災害復旧用の税収も、いろいろこじつけて復旧以外にも流用されていきました。
 「さしあたりの目先の問題をどう切り抜けるか」は、「盲目の現実主義」だったのですね。
 しかし、これから抜け出すのは、災害のない平和なときに、塾考していなければならないのですね!

あんな曖昧なことを言ったから失敗した?

 日本には、「曖昧を許す」文化があります。日本語もそうですし、京都のなど、地域によっても言葉通りに受け取ってはいけない場面のあります。
 しかし、外国では言葉の意味が狭く、そのためか考え方も狭い傾向があるようです。
 アメリカのトランプ大統領もそのような印象を受けます。
 国際化が進むと、日本も考え方が狭くなって行くのでしょうか?

子供のときのことは、一生ひきずっていくもの!

 「失敗」という言葉を後ろ向きに捉える人が多いのですが、前向きに「次へのステップ」と捉えてはどうでしょうか。
 失敗の裏には、「うまくいかなかった原因」があります。それに気がつくシャンスです。
 人間の歴史は、うまくいかなかった原因に対して、如何に工夫するか、です。その工夫の積み重ねが、脳の発達に影響したのでしょう。
 失敗の原因と考え、工夫しましょう。1度や2度ではすまないでしょうが。

現代は強度の枠社会なのでストレスが起きる!

 むかしは核家族が少なく、お祖父さんやお祖母さんの話を聞くことが多かった。
 お祖父さんやお祖母さんは、その人生経験の中で情報を選択し、子どもや孫に話をしていた。
 今で言うAIの役目をしていた。
 AIと違うところは、情報選択の基準が知識の量ではなく「人生経験」だった。
 どちらが適切なのか? 人によって差が出る。もちろんAIにも差が出ているようです!

責任転嫁は、自分を大事にしすぎることから!

 「責任転嫁」はどうしてするようになったのでしょうか?
 社会の中で生きて生きていくために、その中での、自分の優位を保つための一つの方法なのでしょうか?
 そうだとすると、人の集団の大きさ、つながりの深さなどで、責任転嫁の強さも変わるのでしょうね。
 核家族が主流になった現在、変わっていくのでしょうか?

行き違いが元で、重大なトラブルに発展!

 他人のアドバイス、それを採用するかどうかは自己責任、しかし、他人責任にしてしまいます。
 ネットの誤情報も、自己責任と考える人は少ないようです。そのためか、誤情報でも拡散してしまいます。
 豊臣秀吉も、「織田信長は死んではいない」という誤情報で、明智光秀に勝利しています。
 そのような背景が京都に根付き、京都では言葉通りに受け取らない風土があるのでしょうか?

だれしも、自己表現欲求のかたまり!

 「自分を認めて貰いたい」は誰でも思っていますね。でも、こっれを主張しすぎると、イヤな人間に見えてしまいます。
 トランプさんを見ていると、自己主張は、人づきあいでは良くないことだと感じますね。
 人の話には、まづ聞くこと、それも反論せずに。自分が受け入れにくい場合は、聞き流すしかないのでしょうね!

80対20の比率で、ほとんどの事象が説明できる!

 「80対20の比率で、ほとんどの事象が説明できる」と以前から言われています。実際に80対20を確かめたことはないのですが、ほぼそんな漢字はします。
 ただ最近はNET情報が多くなり、情報検索した人に沿った情報に絞られるため、現実が80対20であっても、情報検索すると、98%(?)位は情報検索者の意向に沿った情報になるようです。視野が狭くならないとよいのですが!

一つの知識に縛られず、別の選択肢を考える知恵!

 「知識」に縛られると、間違うこともあります。五感で得た情報で判断すると、間違いが少なくなると思います、しかし、学校教育は知識偏重ですから、難しいですね。
 AI情報も同じような答えを出すのでしょうか?
 AIは、その場しのぎには貢献しそうなので、うまく使うと便利なのでしょうね!

人生後半戦を楽しく充実したものにしたい!

 人生100年時代、40代から老後の生活を考え、準備をする必要があります。
 特に、老後生活の必要な技術の習得は、早めに始めた方が良いですね。
 歳を取ってから新しいことを始めるのは、やはりハードルが高いですね。
 40代で技術を覚え、50代で情報を蓄積し、60代で仲間を広げていくぐらいが、遅さの限界でしょうか?

脳は120歳まで生きる力を持っている!

 あきらめが早すぎると、年を取ったときに新しいことに取り組みができません。ということは、脳の機能は、現状維持か、退化していくだけです。
 年齢を重ねても、新しいことに取り組めるだけの粘り強さは大事ですね。
 鍛え続ければ、脳は120歳まで生きる力を持っているとのこと、それまでは、どんどん新しいことに取り組める下地は持ち続けていたいですね。
 頑張りましょう!

劣等感の深刻な人は、「賞賛」を求める!

 何かを櫃から頼まれると、面倒に思うか、嬉しく思うか。
 これは、劣等感に依るのか、自分の成長に依るのか、どちらなのでしょうか?
 頼まれる内容に依るのでしょうが、頼まれる内容が難しい内容であれば、自分の成長を喜ぶことができますね!

「こうでなければ駄目」という考え方ではなく!

 自己術現は、社会のルールの中で自己を満足させること。
 社会のルールを外れると、当然社会からの反撃に合い、自己実現どころではありません。
 社会のルールというものの中に、自分のルールをいかに組み込むか、これが自己実現をするための最低限のルールでしょう!

“五感”を鍛え、新しい視点や発見に満ちた時間を楽しもう!

 人間の生きる力、それは何なのでしょうか?
 現在は、知識教育やNET情報などの言葉を中心とする情報が重視されています。
 しかし、人間には五感(視・聴・嗅・味・触)といわれるものがあります。
 五感を育てるのは自然です。自然のとの対応を確認するには、農業は結果がわかりやすいです。
 実った野菜や穀物の、量や味を評価すれば、自然との付き合い方の評価がしやすいですね。
 子供の時から、自然の中で、こうしたらこうなる、という体験は、五感が養われ、社会の中で、いろいろな情報を多面的に得ることが出来、ゆるやかな人生を送ることが出来るのでしょう!