パソコンやスマホが普及し、手書きをする機会が少なくなりました。
だからこそ、自分の夢などを手書きすると、何かしらその意味を深く感じるようです。
本気で何かに取り組むときは、目標や期日などを手書きすると、より本気で取り組むようになるのでしょうね!
尾道 現在はあまりにも小さい「磯の辨天神社」
完全に“私心”を取りさることはむずかしい!
厚木 旧名妙見宮(天之御中主神)を祀った「鐘鋳神社」
御祭神:日本根古皇続弥照命(やまとねこすめらつぎいやてるみこと)
旧名:妙見宮(天之御中主神)。北斗七星を神格化して祀ったもの。
風土記稿によれば1629年 村民難波富右衛門が本国下総(千葉県)の原社を勧請したという。また地名の中金井について「古は金鋳と書し、上中下に分け唱へしなり、此所は鋳工銅銕を鋳し地にて、今も地中より銕屑でると云」 としている。 鋳物師が活動してゐた記録があり、当社の「鐘鋳」の社名はこれに因んでいる。ご神体は銅製の男神立像。
天之御中主神(あめのみなかぬし)は、『古事記』の一番最初のくだりに「天地(あめつち)初めて起こりし時、高天原(たかまのはら)に成りませる神の名は、天之御中主神」とあります。天と地の始まりのとき、天の高天原に神々が自然と現れて出てきたときの最初の神。天の中心という意味の名を持つ神様ということです。
尊い人を描くときは必ず光が描かれる!
鎌倉 生き延びた比企高塚の屋敷跡に「本龍寺」
本龍寺(ほんりゅうじ)は、神奈川県鎌倉市にある日蓮宗の寺院。山号は龍口山。本尊は大曼荼羅。霊跡本山比企谷妙本寺の旧末寺(池上土富店法縁)。
この寺は、日蓮聖人の直弟子である日朗聖人の弟子、朗門九鳳の一人、妙音坊日行聖人を開山とする。比企高家の屋敷跡に建てられたと伝えられ、境内には高家の墓が残る。
龍口寺輪番八ヶ寺の一つ。慶長6年(1601年)に津村の国人で日蓮宗の信奉篤い島村采女により龍口寺が本格的な寺としての格式を整えられてから、江戸時代までは片瀬腰越八ヶ寺(通称片瀬八ヶ寺)が輪番で維持していた。本龍寺もそれまでは、「与蓮山」と号していたが、「龍口山」と改める。
平成14年、立教開宗750・創建700年を期して、本堂建て替え並び寺域整備を行う。
(鎌倉市教育委員会発行「かまくら子ども風土記(13版)」より)
一人の時間を味わい深く過ごす力!
尾道 港の守護神を浄土寺から移す「住吉神社」
1740年、尾道の町奉行に着任し広島藩の平山角左衛門《名誉市民》は、翌年の1741年に住吉浜を築造し尾道発展の基礎を築いた。その際、浄土寺境内にあった住吉神社をこの住吉浜に移して港の守護神とした。
毎年旧暦の6月28日前後(7月の終わり頃)の土曜日、平山奉行の功績を称えると同時に、商売の繁盛と海上交通の安全を願ってをおのみち住吉花火まつりが行われます。
尾道住吉花火まつりは、正式名称を「住吉神社大祭礼」といい神事です。花火当日に「山型(やまがた)」「鳥居(とりい)」「御弊(ごへい)」の提灯船3隻に加え、「火船(ひぶね)」 「御座船(ござぶね」が渡御(とぎょう)…尾道水道を行ったり来たり…しております。
小津安二郎監督の代表作「東京物語」のロケ地、港の守護神とされる神社。
段取りこそ、自分と人との関係をスムーズに運んでゆく!
愛川 八菅山修験の第五番目の行所「塩川の滝」
生きることに絶望する人が戦争を起こしている!
鎌倉 日蓮が「立正安国論」を執筆した「安国論寺」
長勝寺・妙法寺と並び日蓮の鎌倉での布教の中心となった松葉ヶ谷草庵跡とされ、松葉ヶ谷霊跡安国論寺とも言う。
開山は日蓮とするが、弟子の日朗が1260年に、日蓮が前執権北条時頼に建白した「立正安国論」を執筆した岩穴(法窟)の側に安国論窟寺を建てたのが始まりである。
日蓮上人の鎌倉草庵の地。
日蓮が世間をあっと言わせた出来事があった。極楽寺の忍性との雨乞い競争で、まづ忍性が祈り始め、七日の内に雨を降らせると公言したが、結果はさんざんで、七日たっても一滴の雨も降らなかった。忍性と数百の供僧たちが更に24日間祈りに祈ったが、ついに雨は降らなかった。日蓮はこれを見て、民をかわいそうに思い、一人で七里ヶ浜の田辺ヶ池の畔で読経したところ、たちどころに雨がしとしと降り出し、異常乾燥も終止符を打ったという。この一件が敵方をより過激にし、激しい迫害を受ける一因になった。
裏山の富士見台からは由比ガ浜海岸を含む市内を一望できる。
苦手なエアコンと上手に付き合う!
尾道 聖観音に祈願して海難をのがれた「善勝寺」
厚木 飯山の観音さん「長谷寺」
性格は、人生のいろいろな段階で変わっていく!
海老名 江戸時代初期に創建されたか「龍昌院」
嫌われているなと思っている人には挨拶をしておく!
自然に話せる人がいたり、気お使いながら話す人がいますね。
相手が、自分の知識にこだわる人は、話しにくいですね。
知識というものの多くは、ある条件の中で正しいものが多いのですが、そのことを意識しないで、どの場面でも正しいと思っているようです。
それに気づいたのは小学校の家庭科の時間です。
「新鮮な魚の見分け方」で教科書には
①目の色の澄んでいるもの
②えらの色が鮮やかなもの
などが書いてありました。
しかし、私の育った町では、魚に触って動くかどうかでした。タコとかイカでは、吸盤にさわって吸いつくかどうかでした。
テストに体験をもとに答えを書くと「×」なのでしょうが、教えられる知識に疑問を持ちました!
鎌倉 退居寮として開創「白雲庵」
物質的な富を誇っても、その人自身の価値ではない!

自然にそって生きていくのが生物の基本。
その本の中で、状況に応じて協力しながら生きてきた人間。
しかし、文明が出来、産業革命を行い、いつの間にか自然は制御できると、思ってしまいました。
でも、自然はそう簡単には、人間の思うとおりにはなりませんね!


















