【民話 光明寺の観音様】
むかしむかしのことよ、この尾道にの、わりい(悪い)男がおってのう。光明寺の観音さまは小まい(小さい)けど、金ぴかに光っとりなさると聞いて、男はいっぺん観音さまを拝みに行こうと思うたんよ。ほんまはその男、金ぴかが気になったんじゃけどの。
ある日、男は光明寺にでかけたんじゃ。お寺参りの人にまじって、本堂に上がったんよ。ありがたい観音さまの前にゃあ、お供えがえっと(たくさん)してあった。
「ほんまこりゃあ、きれえな観音さまじゃ、それに小まいのう。これならわしのふところに入れられるじゃろう」………
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尾道 「五重塔から三重塔へ」珍しい「天寧寺塔」
ここには珍しい三重塔があります。当初は五重塔だったのですが、その後、四重と五重の傷みが激しくなったため、四重と五重を取り除いて、三重の上に新たに屋根をかけ、三重塔に姿を変えているのです。重要文化財に指定されています。建立は1388年(嘉慶2年)。三重塔に姿を変えたのは、それから300年後の1692年(元禄5年)のことでした。
本当に最初は五重塔だったのだろうかと疑う人もいるかもしれませんが、まず、五重塔の姿で描かれた古い時代の掛け軸が残っている。それに加えて、この三重塔は心柱が下まで通っている。五重塔では心柱を下まで通しますが、三重塔では初重の上から心柱を立てるのが普通です。梁の上に心柱を立てるのです。
尾道 林芙美子の母校「尾道東校」
尾道 二年ほど住んだ「志賀直哉旧居」
尾道 むかし北前船が寄港、今は「海の駅」
尾道 江戸時代の豪商橋本家の「爽籟軒庭園」
尾道を代表する観光の寺「千光寺」
尾道 旅人の喉を潤してきた”延命井”の「正念寺」
尾道 中世時宗寺院の遺構が残る「常称寺」
尾道 夜空を焦がす花火「住吉神社」
尾道 町の北鬼門の鎮護として存立「向上寺」
尾道 子どもたちを追い回す神事「吉備津彦神社」
尾道 山王さんのお使いは猿「山脇神社」
尾道 元は向島三ツ石の草庵だった「信行寺」
尾道 「天神坊」とも呼ばれた「大山寺」
尾道 尾道で最初にできた神社「艮(うしとら)神社」
尾道 渡船でミニクルージング 60円「福本渡船」
尾道 のんびりとした島「向島」
尾道 水祭りが復活した「熊野神社」
尾道 生口島の耕三寺 「未来心の丘」
この 「未来心の丘(みらいしんのおか)」は、広さ5000平方メートルにもおよぶ白い大理石の庭園で、世界を舞台に活躍されている彫刻家 杭谷一東(くえたにいっとう) 氏にその制作を依頼しているものです。
ここに使用されている大理石のすべては氏のアトリエ(仕事場)があるイタリア・カッラーラで採掘し、コンテナ船で運んできています。丘にそびえ立つ大小様々な形をしたモニュメントや広場、道… 氏は制作に当たっては常に、その石のひとつひとつと対話し、また周囲の景色の形や色、風雨、光といったあらゆる自然との調和(バランス)も考えて創造してこられました。
https://risetu.net/03mati_tanken/01onomiti/308/3088/3088-4303Amiraisin_oka/3088-4303Amiraisin_oka_1.html



















