寶土寺西側の鳥居のある一劃は吉備津彦神社、俗にいう一宮さんで、毎年11月3日文化の日に、尾道全市の子供たちを湧き立たせる奇祭ベッチャー祭の祭神で、ベタ、ソバ、ショーキーはこの神社から繰り出すのである。
神輿と獅子頭を先頭にベタ・ソバ・ショーキーの三鬼神が市内を練り歩き、子どもたちを追い回す神事。「ベタ」「ソバ」が持っている「祝棒」で突かれると子宝に恵まれ、「ショーキー」が持っている「ささら」で叩かれると頭が良くなるとされ、子供達は「ベッチャー、ベッチャー」とはやし立てる。江戸時代に流行した疫病退散祈願から始まった西日本有数の奇祭。
吉備津彦と桃太郎にまつわるお話
「桃太郎」の話の原形は、ヤマト朝廷の吉備征伐という歴史とつながりがあるらしい。
第十一代垂仁天皇の時代のこと、朝鮮半島の百済からやってきた温羅(うら)なる鬼神が吉備(美作・備前・備中・備後、現在の岡山県と広島県東部)にたどり着き、住みついた。温羅は瀬戸内海を航行する船に海賊行為を行い、婦女を掠奪するなど、乱暴狼藉をくり広げていた。
人びとは恐れおののき、都に訴え出てきたので、朝廷は吉備津彦を遣わし、温羅を成敗したという。
つまり、この吉備津彦の活躍が、小さ子の物語と習合し、「キビ団子の桃太郎」の伝説が生まれたと考えられる。
たとえば、鬼神・温羅の首をはねた後、吉備津彦は犬飼武に命じて、犬に温羅の首を食べさせたというが、吉備津彦の家来に「犬」がいたところが桃太郎伝承とそっくりだ。
また、こんな話しも残っている。
遠い遠い昔、吉備津彦命が山波の浜に舟を寄せたとき、砂浜に突きさした杖が根付いたとの伝説がある巨木。かつての浜も今は造船所(尾道造船)になり、ウバメガシも十数年前に現在地へ移植された。