荻野神社は、かっては石神社と呼ばれ、「新編相模国風土記稿」によれば、自然石を御神体とし、牛頭天王(ごずてんのう)を合紀し、荻野三村の鎮守で社領三石の御朱印は天正19年(1591)に附されたとあります。また銀杏樹(いちょう)は神木であると記されています。
「イチョウ」も「ギンナン」も、漢字では「銀杏」と書く。この植物は1億5千万年以上も前から存在し、「生きた化石」と呼ばれている。氷河期のあいだ、比較的温暖だった中国大陸の中部地域で生き残った銀杏が、現在各地にある銀杏の祖先となったとされています。
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厚木 多くの古い石仏が掘り出された「金剛寺」
厚木 秀吉の小田原攻めの際、兵火に「法界寺」
厚木 「星下り寺」とも称される「妙伝寺」
厚木 天台宗の鎮守 山王権現を祀る「知恩寺」
【智恩寺山王大権現懸仏】
江戸時代には、智恩寺境内にあった山王社にまつられていた懸仏(かけぼとけ)が、現在では本堂の中に保存されています。
山王権現とは、日吉神社・日枝神社の祭神であり、権現とは仏・菩薩が化身してわが国の神として現れることを意味しています。また懸仏は銅などの円板上に、仏像・神像を半肉彫りにあらわし、柱や壁などにかけて礼拝したもので、特に鎌倉時代から室町時代にかけての資料が多く見られます。
「山王権現は、最澄が鎮守として祀った比叡山延暦寺の守護神」
山王権現とは、比叡山の麓にある日吉(ひえ)大社〔日枝神社〕のこと。最澄が開いた天台宗の根本道場、延暦寺の守護神になっています。
日吉大社は大山咋神(おおやまくいのかみ)を主神とする古い山岳信仰の神社で、神仏習合のかたちをとって山王権現とよばれ、貴族から庶民にいたるまで、広く崇敬を集めています。
厚木 赤城大明神を祀る「依知神社」
厚木 曹洞宗天巽派の修行道場「清源院」
厚木 鋳物師が活動に因んで「鐘鋳神社」
愛川 「私は半僧です」と答えた「勝楽寺 半僧坊」
厚木 花の寺百ヶ寺神奈川6番札所「長谷寺」
厚木 白龍が池に棲むという「白山神社」
昔より雨乞に霊験著しい池があり、 この池は、干ばつの時でも、池の水が涸れることがなく、 それ故、人はこれを霊地と唱え、ここに古い石像、石碑が残存しています。 むかし、行基和尚がこの地に来て、この山に登り、 この池を見た時、霊水の湧き出る清浄な霊地であることを発見して、 この山を霊地と定め、楠木をもって霊御形を彫刻し、 加賀国白山妙理大権現(石川県石川郡に鎮座)を勧請したとあります。
下って江戸時代の1801年別当龍蔵院隆光は、山上に於いて、修行中に霊夢によって、 同山に秋葉権現と蔵王権現を勧請し、諸難、火難消除の守護とすれば疑なしと云々 近郷、近在の住民、信仰者の力を得て、 白山神社建立を企して、1804年再建をいたしました。



















