長勝寺・妙法寺と並び日蓮の鎌倉での布教の中心となった松葉ヶ谷草庵跡とされ、松葉ヶ谷霊跡安国論寺とも言う。
開山は日蓮とするが、弟子の日朗が1260年に、日蓮が前執権北条時頼に建白した「立正安国論」を執筆した岩穴(法窟)の側に安国論窟寺を建てたのが始まりである。
日蓮上人の鎌倉草庵の地。
カテゴリーアーカイブ: 鎌倉
鎌倉 足利尊氏が自邸の跡地に創建「長寿禅寺」
鎌倉 本寺の禅興寺は衰退「明月院」だけが残る
鎌倉 元軍が再襲来しないことを祈った「覚園寺」
鎌倉 北条政子の墓といわれている石塔「安養院」
鎌倉 北条政子の墓と伝わる五輪塔「寿福寺」
鎌倉 七堂伽藍の大寺だった「海蔵寺」
鎌倉 目の神様として親しまれている「御霊神社」
鎌倉 北条方の戦死者を弔う「九品寺」
創建は1336年 九品寺は、新田義貞が京より招いた風航順西が開山。この地は義貞が鎌倉攻めの際に本陣を構えたところとされ、北条方の戦死者を弔うために建立された。
1333年 新田義貞は5月8日自国を出発、徐々に軍勢を整え、鎌倉に攻め上った。5月22日 稲村ケ崎で“剣を投じて奇跡”を起し、そして一気に中心に向かって侵攻。材木座海岸からまわりこんで、この地に陣を構えた。 町の中はあちらこちらに火が放たれ、猛火が罪のない人々を襲い、阿鼻地獄のようになった。
北条方も勇猛に戦ったが利あらず、同日東勝寺にて、北条高時はじめ多くの一族郎党、八百七十余人が自刃したと 伝えられている。『太平記』
鎌倉では唯一の義貞が建立した寺で、山門の「内裏山」、本堂の「九品寺」の掲額は、義貞の筆蹟と伝えられている。














