鎌倉 七堂伽藍の大寺だった「海蔵寺」

このエントリーをはてなブックマークに追加
180518a_kaizoji.jpg

 もとは真言宗の寺でしたが、1253年(建長5年)鎌倉幕府6代将軍宗尊親主(むねたかしんのう)の命により、藤原仲能(なかよし)。しかし、1333年(元弘3年)の鎌倉幕府滅亡の時に焼失してしまいました。
 その後1394年(応永元年)鎌倉公方(くぼう)足利氏満(うじみつ)の命により、上杉氏定(うじさだ)が源翁禅師(げんのうぜんじ)(心昭空外(しんしょうくうがい))を開山に招いて再建しました。それからは扇ヶ谷上杉氏の保護を受けて栄え、1577年(天正5年)に建長寺に属し、現在に至っています。

コメントを残す