鎌倉 明治維新で実現した王政復古「葛原岡神社」

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 葛原岡神社は後醍醐天皇の忠臣として鎌倉幕府倒幕に活躍した日野俊基卿をお祀りする神社。
 後醍醐天皇の鎌倉倒幕の計画の際、天皇とともに日野俊基も楠木正成を説得して味方にするなど、天皇をお助けしたが、1331年、計画が幕府に知られ、日野俊基が天皇をかばうため、捕らわれの身になった。その後、後醍醐天皇による幕府打倒計画は着々と進められ、皇子の大塔宮護良親王の指揮のもと、楠木正成、新田義貞らの活躍により、日野俊基卿が葛原岡の露と消えられてから約一年後の1333年、ついに鎌倉幕府は滅亡した。
 明治天皇は日野俊基卿の足跡を明治維新の先駆けとして深く追慕せられ、1884年勅旨をもって従三位を追贈され、1887年に最期の地であるここ葛原岡に俊基卿を御祭神として神社を創建、宮内省よりの下賜金をもって御社殿を造営、鎮座祭が執り行われた。一説には、地名の起りは葛原親王・鎌倉権五郎景政を祭神とする梶原の御霊社の故地であったことに因むという。