鎌倉 関東大震災で壊れ改築された「蛭子神社」

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 昔、夷堂橋付近にあった夷三郎社という神社が、本覚寺創建の際に境内に移され夷堂となった。その後、明治の神仏分離の際にこの地に移り、同地に祀られていた七面大明神と宝戒寺前の部落の氏神であり、北条氏の守神だった山王大権現とともに合祀されて蛭子神社となった。

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