年齢を重ねると、やはり健康が一番。しかし、健康というものは、子供時代からの積み重ね。多くの人は、若い時代には気がつきませんよね。
しかし、寝込んでいなくても、ときどき、からだのどこかに不調を感じている人は、少なからずおられるのでしょう。
一時的であれ、不調を感じたとき、健康的な生活について、深く考え、健康的な生活を継続実践できる人は、歳を取っても健康を手に入れる可能性が高いのでしょう!
8月 2022のアーカイブ
福山 鞆 福山藩との結びつきが強かった「明圓寺」
役割を誇示すること!
鎌倉 八幡太郎義家が白旗を立てた「源氏山公園」
南蛮貿易でもたらされた多くの武器!
尾道 生口島 1936年から建立が始まった「耕三寺」
聞き上手だからこそ耳寄りな情報が入る!
鎌倉 祖先をまつる神社「御霊神社」
教育は学校だけでやるもの?
尾道 駅を降りすぐ海が「尾道駅前海岸」
言い分があると聞く力が弱くなる!
厚木 古くは牛頭天王社といった「厚木神社」
“ひと言多い”は命とり!
鎌倉 中興開基は足利尊氏の父・貞氏「浄妙寺」
プラス思考で生きようといわれても!
尾道 生口島 日本画家・平山郁夫氏も遊んだ「向上寺」
1400年 生口守平の開基、臨済宗仏通寺派 愚中周及の開山により臨済宗の寺院として創建されたのに始まり、向上庵と号した。一旦衰退したが、江戸時代に入り1609年 関的が入寺して再興し、曹洞宗に改められた。
国宝の三重の塔は、1階の軒は2軒本繁垂木の扇垂木。つまり二重になっている繁垂木で、垂木が平行ではなく隅の部分で45度になるよう、扇が開いたようになっている。
組み物は唐様の柱上の組み物が3段に積み上げている構造。和洋に唐様が取り入れられて形式で、各層に花頭窓があるほか、建物の装飾が見事。
三重塔の周囲が日本画家・平山郁夫氏の幼少時代の遊び場だったとのこと。また、よくスケッチしたお寺でもあります。
財産より大切なものがある、理解出来るか!
厚木 荻野山中藩陣屋跡に「山中稲荷神社」
現在の下荻野字山中には、荻野山中藩大久保家の陣屋がありました。
この大久保家は、相模国愛甲郡中荻野村を中心として、合計1万3千石を領した小さな大名でした。初代の大久保教寛(のりひろ)は、小田原藩主大久保忠朝の次男で、元禄11年(1698)、相模国足柄上郡、駿河国駿東郡内の新開地6千石を分けられ、分家しました。宝永3年(1706)駿河国駿東郡、富士郡に5千石の加増を受けて1万1石の大名となり、更に享保3年(1718)には、相模国大住郡、高座郡、愛甲郡内に5千石の加増を受け、総計1万6千石となります。
天明3年(1783)頃、5代教翅(のりのぶ)は、陣屋をこの地に移し、以後、荻野山中藩と呼ばれるようになりました。