「アフター5」より、「ビフォアー9」!

 昔の人は、日の出と共に起き、日が沈むと早めに寝ていたのでしょうね。それが、いつ頃から夜遅くまで起きているようになったのでしょうか?
 戦後の早い時期は、それほど電灯は普及しておらず、暗くなる前に家に帰り、早めに寝ていたように思います。
 テレビが普及し、インターネットが普及し、携帯をみんなが持つようになり、寝る時間を惜しむ人も出てきているようです。
 当然、いつかは健康問題に波及するのでしょうが、体調が悪くなると夜遅くまで、インターネットで調べるようになりつつありますね!

防ごうとしても防げないこと、それは「老い」とか「死」!

 「世間は意外に冷たいもの」という感覚は、都会では常識になっています。
 都会の豊かさがそうさせているのでそうか。
 確かに自己責任で生きていくようになれば、人に頼ることも、人に親切にすることも、それほど重要にはなってきません。
 しかし、人生100年時代、老後もそのスタイルで生活できますか?
 ところで、犬などのペットは言葉でのコミュニケーションができません(音としてのコミュニケーションはできますが)。言葉ではないコミュニケ-ションは、脳には良いようです!

「片づけをしなくては」と思っている人!

 人生のどこかで、自分の習慣の見直しをすることが必要なようです。
 自分が育った家では、片付けをするのですが、今住んでいる家では、あまり片付けをしない、といった方もおられるのではないかと思います。
 親の習慣が、子どもにきちんと伝わるとは限らないようです。
 あまり豊かでなかった時代、片付けはキチンとしていたのでしょうが、日本が豊かになってしまうと、片付けはいい加減になってしまうのでしょうか?
 今では“片付け専門家”もおられるようです!

日本は治安がよい国と思われているが、はたしてどうか?

 途上国ではこれらは「生きるためには仕方のないこと」と考えられているようです。戦後の日本も同じでした。
 しかし、今の日本ではギャンブル依存症が深刻な社会問題になってきています。
 治安とは、人々が安心・安全に暮らせるように社会の秩序が保たれていることなのですが、自分の収入の範囲でのギャンブルはどう考えればよいのでしょうか?
 パチンコ依存のひとは結構老いるようですが!

権威者の指図とあればそれに従い、他人に責任転嫁させる!

 権威者に、人はどう反応するか、世の中で起きていることを見ると、想像ができます。
 この権力者に対する反応の強弱は、風土によって違いがあるのでしょうか?
 それとも、政治体制によって違いがあるのでしょうか?
 権力者によって違いがあるのでしょうか?
 ただ、現代では情報の操作による影響が強くなっているようです。その情報も五感の内、「言葉」と「映像」に頼っているようです。
 生成AIはこの分野の機能が発達しているようで、心配はありますね!

どうしようもないこと、放っておく!

 「悩んでいるとき」は、なかなか楽しいことは思い浮かばないですね。
 悩みの相談を受ける人は、悩んでいる人の楽しみを見つけることができるのでしょうか?
 悩んでいるときに楽しみが見つけられたときは、それほど悩んでいないのかもしれませんね。
 技術的な悩みを相談されたときは、解決策を提案できることはできるのでしょうが、精神的な悩みは、外に出て、何か新しい体験ができると良いのですが!

心の容量には限界があり、たくさんのことは考えられない!

 心配事、「お前なんかお呼びじゃないよ」と追い出したいですね。
 気持ちをジャンプし、楽しいことを考えることに切り替えができれば良いのですが、難しいですね。
 子供時代から、いつも外で遊んでいれば、落ち込んだとしても切り替えができるような気がします。スポーツも(指導者にもよりますが)そういう面がありますね。
 知識教育は効率的ですが、気持ちの切り替えという面では、非効率のような気がします。
 気持ちの切り替えには、外に出て五感を鍛えましょう!

家庭菜園の第一歩は、「習うより慣れよ」ですね!

 自然が好きな人、自然に興味がある人は、家庭菜園がおすすめ。
 現在の物価高騰をどう乗り切るか、太陽戦争後の食料不足のどう乗り切ったかが、参考になると思われます。
 庭が家庭菜園になり、料理から出るゴミや枯れ葉などを肥料にし、薬品など使わず、どんな形状の野菜でも美味しく食べていました。
 都会に人口が集中している時代、田舎で家庭菜園がやりやすい環境ができれば、物価高騰も都市に人口集中も緩和できないでしょうか。
 家庭菜園をしている土地への固定資産税の減税や、オンラインで仕事をしている方の、月数度の都会の会社への交通費の補助か所得税の減税など、なにかしらの効果的な対策はないのでしょうか?

核戦争後の地球、地中深くに逃れ生き延びるより他ない!

 アメリカは、イランの核施設を破壊したと、報じています。しかし、核のゴミは残るでしょう。
 核戦争は、爆弾での被害だけでまく、核の雨や核のゴミ(放射性廃棄物)を生み出します。
 核のゴミをドローンでばらまかれたら、ドローンを打ち落としたところで核のゴミはばら撒かれてしまうでしょう。
 すると、人に被害を与え、作物などの食べ物に核物質が含まれてしまいます。
 核戦争は、爆弾によるその場の被害だけでなく、雨や風による放射性廃棄物の被害、そして食べ物によるじわじわとした被害、爆弾を落とした側も、防ぎようがないですね!

社会全体が「ハウツー」重点主義になっていったが!

 ハウツーものがはやすようになって随分立っています。
 体験より知識優位の時代が続いています。
 パソコンのソフトの使い方でも、ハウツーものに頼ってしまいます。
 どうにかソフト開発者の思考スタイルになれれば、ほとんどハウツーものに頼ることなく、「このソフトを作った人はどう考えたのだろうか}と推測できれば、ハウツーものは必要がなくなります。
 やっかいですね!

自分らしく生きていますか?

 自分がいい気持ちでいられ、そして、自分が行きたいところに行く、そんな人生が送れたら最高なのでしょうね。
 でもせめて、自分らしく生きていける、そう感じられたら、充実した人生になるのでしょう。
 がんばらなくても、そうなれたら良いですね!

肌のハリと艶の悩み!

 日光の強さが気になる季節ですね。日焼け止めは、良い面と悪い面があり、選ぶのが大変ですね。
 肌は、年齢と共に体調も関係しており、肌の色や質感を良い状態に保つには、日常の生活すべてが関係しているのでしょうね。
 運動、食事、精神状態、睡眠などすべてに気をつけないといけないようです。大変ですね!

暑さ対策、どうしようか!

 暑さ対策は「エアコン」ですね。ただ心配なのは、汗腺の数がどうなっているのか?
 人間の体表には200万個から500万個もの汗腺があると言われています。汗腺の数の差が2.5倍も差があります。これは暑さに対する適応力の差なのでしょうか?
 もしそうだとすると、赤ちゃんのときからエアコンの部屋で育っていると、汗腺の数が少なくなり、暑さに対する対応力が小さくなってしまうのでしょうか?

これからの時代、注目すべきは「エコ」と「環境型」の産業!

 環境問題は、これから世界全体の最重要テーマ。
 だが、アメリカは自らを「石油中毒」と認めていたが、大腸量が変わると石油中毒を続けてしまう国になってしまう。
 当面の利益を優先した方が、民衆に指示されるのでしょうか?
 アメリカには、温暖化に対する「現場感」はないのでしょうか?
 「移民国家」というのは、歴史の積み上げがそれほどないため、発想が単純になってしまう野でしょうか?

外交では、「柔軟さ」や「寛容」を失ってはいけない!

 外交で大事なことは「柔軟さ」「寛容さ」だそうですが、野党の人はもちろん、多くの政治家からは感じることはありませんね。
 「主張」が中心になると、柔軟さや寛容はなくなってしまいます。
 これはヨーロッパ文化なのでしょうか?
 日本語データベースでの単語検索では、同じ単語で検索しても多彩場面で使われていることが分かります。
 日本語には「柔軟さ」「寛容」があることを感じます。
 政治家も、日本では「柔軟さ」「寛容さ」を大事にしてほしいですね。現在の選挙では不利なのでしょうが。民主主義にも弱点はありますから!

富士山の噴火に備えた防災!

 富士山の噴火に備える準備がされ始まっていますが、万全の対策は無理なのでしょうね。
 溶岩流は時速10km位なのでなんとかなるのでしょうが、火砕流はときに時速300kmにも達するとのこと、噴火が始まってからでは対策は無理ですね。
 昔と違って電子機器が増え、その動力は電気、発電設備の災害と当時に、雨が降るとショートして壊れてしまいます。
 昔の生活スタイルは、現代人も経験しておく必要があります。
 洗濯板を使って、洗濯をしたことはありますか? でも、洗濯板を持っている人はほとんどいませんね!

日本人の「人間観」、欧米流の影響を受けているように見えるが?

 日本人の人間観は、「哀しい存在」だという根本認識があるそうです。
 確かに、プーチンさんやトランプさんを見ていると、どこかに哀しさを感じます。
 これは国民全員に「好かれたい」という意識があるように感じてしまいます。
 戦国武将の毛利元就は、「100人中100人に褒められるような人間に、ろくな奴はいない」と、言っています。
 日本人の人間観どこかに、悲しさ、侘しさ、どうしようもない何か、を感じているのでしょうね!

「利き腕・足」に頼らないことも重要!

 「利き腕」というものがありますね。ふと縄文土器の模様を見ていたとき、これを作った人は「右利き」・「左利き」と思ってしまいました。
 展示物には、「右利き」・「左利き」の人が作ったとの表示は見たことがありません。これは時代が変わっても見ませんね!

「利き腕・足」に頼らないことも重要!

 「利き腕」というものがありますね。

 ふと縄文土器の模様を見ていたとき、これを作った人は「右利き」・「左利き」と思ってしまいました。

 展示物には、「右利き」・「左利き」の人が作ったとの表示は見たことがありません。

 これは時代が変わっても見ませんね!

「お笑い」というオブラートで包む!

 許せない人が三人以上いる場合は、小さいときから我慢をしてきた人だそうです。
 大阪の文化である「お笑い」は、他
人を許す文化なのでしょうか?
 お笑いをまじえての批判は、受け取る側は“軽い”批判として受け取れます。
 言った人に対し、憎悪感はほとんど生まれません。
 日本文化の根底に、「お笑い」が生き残っていきたいですね!