緊急事態は突然やって来ます。この「突然=予想外の物事が前触れもなく急に起こる」のときは、自分でとっさに判断するしかないのでしょう。 ただ、都会暮らしのときは、事前に情報を集め、考えさえすれば、予想内の出来事です。 しかし、自然の中では、多くのことが突然起こってしまうことがありす。そこでの対応力は、やはり子供時代に自然の中でどの程度遊び回ったかでしょう。例えば、足をかけたら枝が急に折れた、石に足をかけたらぐらつき転がってしまった、枝を払いのけたら顔に跳ね返ってきた、スズメバチの羽音が急に耳元でうなった………。 こんな経験が多いと、突然の緊急事態でもなんとかなるのでしょう。もっとも、後から学ぶことが多いのですが! |
2021年のアーカイブ
尾道 空海入唐の頃には既に開かれていた「大山寺」
表情筋を動かし笑顔をつくろう!
鎌倉 石段下に星ノ井のある「虚空蔵堂」
極楽寺切通を往き還る旅人たちは、伝えとこの水を愛でて、ひとときを井戸のほとりの茶店に憩いました。慶長五年(1600)六月、京都より江戸への帰りに、ここを通った家康もこの名井を見学して行ったという記録も残っていますが、忙中閑あり、というのでしょうか、まことに奥床しい心がけと思います。 その後、近くに住む下女が菜ワ切り包丁を、あやまって井戸へ落してしまい、それからというものは井戸はいやな顔をしてしまい、星を映さなくなったということです。 石段を上ると虚空蔵堂があります。 本尊の虚空像菩薩(ぼさつ)は、はかり知れない福徳と知恵をそなえて常に人々にこれを与え、すべての人の願いごとをかなえてくださる仏様といわれています。 |
「自分らしさ」は幅広い学びから!
相模原南区西部 旧磯部村の鎮守「八幡宮」
うつ病はセロトニンの不足??
尾道 市立美術館から千光寺間にある「鼓岩」
「やらされた」感が強いと責任転嫁が生まれる!
「やらされた感」を一番感じるのはマスコミです。視聴率アップのため、スポンサー確保のため、販売部数増加のため、あるいは、出演回数を増やすため(減らさないため)などを感じてしまいます。 オリンピックで元選手のコメントには「やらされた感」を感じることはあまりないのですが、コメンテーター(解説・評論する人)の人達には、なにかしらの「やらされた感」を感じてしまいます。 演出なのかも知れませんが、「状況・事実の把握」に対する熱心さをあまり感じることができません。ある面だけを捉えてコメントしているようです。 最近は、スペシャリスト指向で、ゼネラリスト(広範な分野の知識・技術・経験をもつ人)として努力していこうとする人が少なくなっているのでしょうね! |
鎌倉 季節の花木や野草が咲き乱れる「収玄寺」
1ヵ所に留まりすぎている=同じことをやっている!
壁に突き当たっているときは、自分のアタマ中心で考えてしまいます。そこに、状況の把握、他人の意見を取り込める余裕はありません。 新コロナでの対策も壁に突き当たっています。専門家集団はアタマだけで考えているから、ということも関係しているのでしょうか。 専門家達の中の摩擦型の人は、頭が切れ、何かにつけて確信的です。また、自分の流儀を強引に押し通そうとします。彼らは他人をいらだたせ、苦しめるという性向を持っている面もあります。時には「ありのままを語る」という口実のもとに他人を批判し、攻撃しながら、当の相手の感情をまるで理解しません。彼らは自分よりアタマの回転の遅い人たちには我慢がならない。そして、自分の論理を、唯一の正しい意見として、他のみんなが受け入れることを期待します。実は、この手の人の多くは「意見」なるものはもっていません。ただ「事実をはっきりと自分流に見ている」だけです。専門家の知識は、現在の情報を「過去の知識」で解釈してしまいます。 ずいぶん昔に製造業に広まったトヨタ流の改善手法など、もれのない現状把握に95%位の力をつぎ込んだ後、そこから見えてくる改善案などにも取り組んでみたらどうなのでしょうか。これはマスコミの情報伝達にもいえると思うのですが! |