饅頭には面白い話しがあるのです。諸葛孔明が、荒れ狂う川を鎮めるため、人の生け贄がいるとの話を聞き、人の代わりに、大きな人の頭に似た饅頭をつくり、川の神にささげたという話など。
いまでは温泉饅頭のように、おみやげの饅頭が多いのですが、食べ物にお話がプラスされると食べる楽しみが増えますね。
「きびだんご」にプラスされた「桃太郎の伝説」のようになると、長い間、商品としても価値を保つことができます。
もっともっと増えていくといいですね!
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地に足の着かない生活!
一定の形を保って生きていると、そのパターンで売り込みやお願いをされると、ついついOKしやすいようです。この形の多くは、教育でなどつくられるのでしょう。また、宗教などでもつくられるのでしょう。
歴史だけでなく現在でも、国民を従えるために、教育や宗教を利用し、情報統制をして支配しています。
歴史で残されている文献などのほとんどは、勝者側の視点で書かれており、歴史学者は文献を分析し、教育に利用しています。
お寺や神社などが造られた経緯も、立派なことをした、という視点で書かれています。でも、自分が非常な残酷なことをしたきたので、その罪を許してもらうために造営したとは、書かれていません。
小説も、残酷なことをした人でも、英雄扱いで書かれています。そうしないと売れないからでしょう。
ということは、一般的な人は、残酷なことは見たくないし、早く忘れたいのでしょうね。感動できる部分だけ見たいようにパターン化されているのでしょうか?
時は金(かね)なり!

みんな時間は平等だと思っていませんか? でも、頭の中を流れている時間には違いがあるようです。
これは特別な例ですが、自分が本当に命を落とす危険があると感じたとき、時計の1秒が、10秒くらいにゆっくりと流れます。おそらく、危険な状態を抜け出す方法を見つけようとしているのでしょう。
これは特別な例ですが、一級レーサーの人達は、一般道でのクルマの運転の時は、まるで散歩をしている時のように、ものすごくゆっくりと時間が流れているようです。
アタマの回転が早い人は、情報の処理の能力がものすごく早いのでしょう。その情報処理能力を、思い込みを深くする方向でなく、範囲をどんどん広げて行く方向に向けてほしいものです。
どこかの独裁者のようにならないために。
食料の豊かな地域でも農業を受け入れたのか!
戦争の原点は、種子の食べ方(料理の仕方)を見つけたこと。種子は、生きたまま眠り続けるので、貯蔵ができます。その結果、食べることができる種子は、富になりました。狩猟時代のように、食料が余れば分け合っていた時代から、余れば貯える時代になりました。そして、たくさん食べられる種を貯蔵している人が、力を持つようになったのでしょう。そういった力を持つ人に、分けて貰うチャンスを増やすため、日ごろからご機嫌を伺うようになり、尊敬されるようになったのでしょう。尊敬されると、気分が良くなる物質が分泌されるのか、より多くの種子を貯え、言い寄ってくる人(部下)に分け与え、いい気分になったのでしょう。これも生きるための本能なのでしょうか!


















