因幡(いなば)の白ウサギの話!

 「因幡の白兎」に登場するウサギは、嘘がバレると「酷い目に遭う」と。イソップ物語の「カメとウサギ」では「気を抜くと負けてしまう」となっています。
 欧米では、ウソであろうと本当であろうと「最後まで自分の主張を貫け」ということのようです。
 日本では、嘘をつくと社会から除外されてしまうので、「ウソはつくな」ということになっています。
 日本社会の方が、ウソに対してきびしいようですね。
 ネット社会では、簡単にウソ情報が流れてしまうので、注意が必要ですね!
 

アゴが少し上を向き、鼻まで突き出す人は!

 自惚れ(実際以上に、自分をすぐれていると思って得意になる)ると、煙たがられます(その人がいるために,窮屈(気詰まり)になる)。
 しかし、自惚れている人は、相手がどう思っているかなど、気づきません。
 来年は「うさぎ年」です。
 イソップ物語「ウサギとカメ」の、ウサギにならないように気をつけましょう! 自惚れ(実際以上に、自分をすぐれていると思って得意になる)ると、煙たがられます(その人がいるために,窮屈(気詰まり)になる)。
 しかし、自惚れている人は、相手がどう思っているかなど、気づきません。
 来年は「うさぎ年」です。
 イソップ物語「ウサギとカメ」の、ウサギにならないように気をつけましょう!

あきらめは心の養生!

 諦めは「手の施しようがない」ということですが、中には、手の施しようがあるにもかかわらず、諦めることもあります。その大半は、面倒だから。
 これでは自分の能力の向上にはつながりません。普段から困ったときには、手伝ってもらえる人、気分転換をしてくれる人を、つくっておくことも大事ですね。
 核家族化し、都会にすむ人が多くなった今、人とのつながりが、重要な課題になっていますね!

聴衆は、話の内容の持つ重要度は7%!

 自分の言いたいことは、相手に30%くらいしか伝わっていない、と考えた方が良く、また、相手が、自分の得意分野を持ち、主張をはっきり持っているときは、それに関係する話は、ほとんど伝わらないと考えた方が良いようです。
 相手が、聞く力があるようですと、かなり伝わるのでしょうが、そんな場面はそれほどはないようです。
 どの程度相手に伝わったかは、その場の雰囲気でつかむしかないのでしょうね!

意思疎通がうまくいかない原因!

 一応コミュニケーションが出来たと思ったとき、相手に伝わったものは30%くらいとのこと。
 言葉というものは、その程度の機能しかないことを、自覚しておかないといけませんね。
 自分の思いを伝えるにはどうしたらよいのか、相手の心にどのように伝えるか、難しいですね。
 ところで、「こころはどこに」あるのでしょうか?
 こころは、言葉ではなかなか伝わらないもの、と感じていませんか。
 お腹が空けばイライラ、おいしいものを食べると気持ちよく、温泉に入れば気持ちが楽に、危険な状況に出くわせば心臓がパクパク、これらはみんなこころで感じていませんか。
 コミュニケーションも、自分が体験したものを伝える場合は、相手も分かった気になってくれますね!

行動を通じて知識のネタを集める!

 話しのネタは、体験からか、書籍からか、マスコミからか。
 これは出来るだけ、自分の体験をもとにしたネタにしたいものです。
 それが難しいようでしたら、ラジオでのインタビュー形式のネタがいいようです。本よりも、新鮮なネタを手に入れることが出来ます。
 本の場合は、まだ確定していない情報は避け、論理付けされた範囲に絞ったり、3割程度話しを盛ってしまったりする傾向があるようです。
 インタビュー番組を文字化してみると、本にはない新鮮さを感じます。
 自分の体験をもとにした話題に困ったら、ラジオのインタビュー番組を参考にしてみたらどうでしょうか!

感動で「泣く」場合は癒やし!

 「血の涙を流す」は普通だったのですね。涙はもともと血液なのだそうです。赤血球が涙腺を通ることが出来ないため、赤くないとのこと。なんとなくむかしの人は感じていたのでしょうか?
 昨今は、感動で泣くことはストレスの解消になる、といわれています。また、脳の老化を防いでくれる、とも言われています。
 しかし、美術館や劇場は、地域によって、在る所と無い所に極端な違いがありますね。いま済んでいる神奈川県の中央部には、美術館が1つもありません。
 しかし、私の故郷の尾道では。4つの美術館にプラス小さな美術館や、お寺のふすま絵など数多くあります。その土地の風土の違いでも、ストレスに違いが起きてしまうのでしょうか?

初対面の人に会ったとき!

 初対面の人と会うとき、できるだけ聞くこと。また、その場の雰囲気に注意すること。ときには、言葉で表現されることと、本当の気持ちが異なっていることもあります。
 これは、ネット上でのコミュニケーションの経験では身につきません。それが原因なのでしょうか、犯罪の被害者になってしまうことも起きています。
 できるだけ、幼児期から25歳頃まで、多くの人と直接に接して、言葉だけでなく、雰囲気から気持ちをつかむ技術を、身につける必要があります!

その場の雰囲気が読めない!

 マスク生活が続いています。子供達の発達に影響があるのでしょう。
 現在でも、都会で核家族で育った子供達、周りの雰囲気を読む力が弱いようです。いわゆる「場が読めない」のです。
 いまは、核家族に加え、ゲーム機が加わり、ネット社会になっています。そしてマスク社会。
 コトバ中心の社会で、しかも、生身の人達となかなか接触できない、接触できたとしても、ほんのわずかの人達、これでは、場を読む力は育ちにくいですね! マスク生活が続いています。子供達の発達に影響があるのでしょう。
 現在でも、都会で核家族で育った子供達、周りの雰囲気を読む力が弱いようです。いわゆる「場が読めない」のです。
 いまは、核家族に加え、ゲーム機が加わり、ネット社会になっています。そしてマスク社会。
 コトバ中心の社会で、しかも、生身の人達となかなか接触できない、接触できたとしても、ほんのわずかの人達、これでは、場を読む力は育ちにくいですね!

ゴリラと仲良くなりたいなら!

 霊長類とヒトの遺伝子はほとんど同じですね。霊長類であるゴリラやチンパンジーの限界年齢は、40年から50年、ヒトは100年くらいですね。
 また、その子育ては、それぞれ違うようです。チンパンジーは、母親一人で子供を育てるそうです。しかし、一人の子供を7年かけて育てます。その間は妊娠できないそうです。
 ヒトは2年もすれば妊娠できます。ということは、母親一人で子育ては出来ない、ということです。両親と共に、おじいちゃん、おばあちゃん、兄弟、それに、近所の人達、社会のみんなで子供を育てることで、生き残ってきたようです。
 現在の日本は、人類初の試みである核家族での生活が定着しています。ヒトとしての生き残り作戦としてはどうなのでしょうか?

適量なら「酒は百薬の長」

 「お酒は百薬の長」、これはあくまで、薬の感覚で適量飲んでのこと。むかし、むかしは、お酒は薬でしかなく、酔っ払うことなど頭になかったのでしょう(一部の特権階級の人を除き)。
 それが、安易に手に入るようになると、酔っ払うことが目的になって、しかも、酔っ払ってルールを犯しても、ある程度は許される、と思ってしまう人が出てきましたね。今でも!

部屋に花や観葉植物がありますか?

 植物は我々が思っている以上にいろいろな機能があるようです。植物は、人類より圧倒的に長く生存しており、多様な種類があり、生存して行くという面では、我々より圧倒的な優位性があるのでしょう。
 生き残りのため、様々な生物(昆虫や鳥類、動物など)を利用する手段も持っています。
 また、最近では、植物は情報伝達の手段を持っているといわれております。山火事などの後には、植物の種が一斉に芽を出し始めることも、何かしらの情報があるのでは、と言われています。
 また、害虫が来たときにも、周りに情報を発信しているようです!

相手があるから、自分もある!

 日本人は歴史好きですね。災害(自然災害や疫病災害など)が多く、歴史に学ぶ必然があったのでしょう。
 しかし、現在は歴史に学ぶと言うより、外国に学ぶというスタイルになっています。そのためか、人々のつながりが薄くなり、自然から学ぶことも少なくなってしまいました。
 温暖化が問題となり、少しずつ自然への関心が出てきたようでが、むかしは、自然の中に神様が宿ると考え、自然を大切にしてきました。
 また、核家族化が進み、昔のことを孫に引き継ぐことが難しくなっています。
 子育ても核家族では難しいようです。母親一人で子育てをするには、チンパンジーは7年かけています。それまでは次の子供を産めないとのこと。
 昔の日本の子育ては、両親と共に、おじいちゃん、おばあちゃん、近所の人達、みんなで育てることが、生物としての生き残り作戦だったようです。それが、日本人が歴史好きになり、また、生き残りの作戦になったようです!

一つの失敗にクヨクヨしない人!

 人生は、いつも何かしらに取り組んでいたいもの。そのようにするには、過去の思いを背負わないこと、過去の事実は覚えておくにしろ、そのことに対する「思い」は、過去に置いてきたいもの。そうすれば、「いま」に力を注ぐことが自然にできるようです。
 「失敗は成功のもと」にするには、そのときの思いは捨ててしまうこと。そして、事実のみを把握し、記憶しておくことなのでしょう!

マニュアル通りやれば?

 今日(2022年12月3日)、相模原市にある有鹿神社の奥宮(おくみや) で、「有福玉清祓式」……お有鹿様からいただく新しい命を象徴する「有福玉」を奥宮の泉で清める「清祓式(きよはらえしき)」が斎行され、偶然、奥宮にいましたのでお声をかけていただき、参加させていただきました。
 このような行事は、進め方に決まりごとがあり、その決まり事の通りに進めることで、神様から御加護をいただけると感じることが出来ます。
 今流の言葉で言えばマニュアル化なのですが、なぜ神事と業務などのマニュアルは重みが違うのでしょうか?
 偶然参加させていただいた神事なのですが、重みがまったく違うと感じることが不思議でした!

労働力が重要なのは生かされている場合!

 むかしの縄文時代の土器は、手の込んだつくりをしています。これを、仕事としてとらえると、大変だなと思います。しかし、趣味という視点でとらえると、まあまあという評価になります。
 出来上がったものを、仕事という視点でとらえるか、趣味という視点でとらえるかで、出来上がったものの評価が分かれることもあります。
 縄文土器については、専門家の人達は、仕事という視点で捉えているようですね!

どうすれば明るくなれるのでしょうか!

 思考がマイナスになると、どんどんマイナスになって行きますね。「気分転換しろ」と言われても、なかなかできないものです。
 日本の歴史には、禅とか念仏とかの方法もありますが、現在のお寺さんの多くは、あまり生きている人達を相手にしていませんので、周囲の人達の力を借りなければなりません。
 しかし、核家族が定着し、また、都市化が進み、なかなか周囲の人達の力を借りることは難しくなってきています。そのためか、とじこもりの人達が増えているのでしょうか?

脳の抑制を外してあげた時!

 「自分」というものを、外から眺めることができれば、悩みの多くはかなり軽くなるものなのでしょう。それと、過去は、事実のみ覚えておき、感情は過去に置いてくることが出来れば、心は軽くなるのでしょう。
 というより、「今」を大事にしてゆけば、過去や未来の、どうしようもない思いから、逃れることも出来るのでしょう。
 「今」を大事にするには、新しい情報を貪欲に入手し、その情報を自分流に消化して行くしかないのでしょう!

ミトコンドリアの最大の役割!

 今回の新コロナウイルスの科学や医学の対応を見ていると、思っていたほど科学は発達していないと思いました。いままで「分かっていたつもり」にさせられていたのだと、改めて感じました。
 最近いろいろな場面やメディア、歌で、早口の場面が多いように感じていますが、早口は、相手に考えるスキを与えないので、その内容をそのまま受け入れてしまいがちです。このことも関係しているのでしょうか?

学習性の無気力を払いのける!

 昔の職人のように、技術を「見て盗む」という機能が劣化してきているようです。
 これは、教科書やマニュアルで学ぶというやり方が影響しているのでしょうか。
 また、子供時代に、自然の中で子供達だけで遊ぶ経験がなくなったためでしょうか。
 それに加え、ナット社会になり、実際に相手の表情やしぐさを見る機会が少なくなった為でしょうか。
 生物としてのヒト族の能力が、落ちてきているようですね!