種子は保存ができる、それが争いのはじまり! 農業のはじまりで、殖(食料)が保存できるようになり、その保存の量の有梨で争いが始まったと言う。 そのためか現在でもお金を求めるため、争いは常にある。 特に権力者にその傾向が強いようですね。経済力・権力・名誉の三つとも求める人が大統領などになると、平和が遠くなっていきますね!
口ぐせは、パーソナリティさえ容易に推察できるもの! 育った地域の風土により、方言だけでなく、口癖も身についてしまいます。もちろん個々人で違いがあるのですが、地域外の人から見ると、同じグループに見えてしまうようです。 NETの普及で、地域の風土もだんだん薄くなっていくようですが、その土地の風土は出来れば大事にしていきたいですね。 関税がどんどん上がると、昔の鎖国時代のようになってしまうと、地産地消が中心になり、体質も育った地域にあった体質となり、それに合った風土も、大事さを取り戻すのでしょうか?
「どうして」「なんで」の後には、否定的な言葉が続く! 情報が多くなり、希望していないにも拘わらず、メールが来たり、Webで表示されたりします。 AIが進化するにつれ、一方向の情ばかりになるのではと心配します。 日本語の単語は、多様性があり、思ってもいないところでも発見しますが、AIは単語だけでなく、文全体で処理しているようです。 結果的には、適正な回答になるのですが、思考はどんどん多様性を失っていくのでしょうね!
町内会の会合や地域のボランティア活動! 自治会または町内会とは、地方自治法により、市町村内の一定の区域に住所を有する者の地縁に基づいて形成された団体です。 区域の住民相互の連絡、環境の整備、集会施設の維持管理等、良好な地域社会の維持及び形成に資する地域的な共同活動を行っています。とあります。 しかし、加入者は減る傾向にあります。 昔にはなかった犯罪や災害が多発する現在、「地縁(住む土地に基づく縁故関係)」は必要度が上がってきています。しかし、現実は災害などが起きないと、地域のつながりを築くのは難しくなってきているようですね!
「効率」を求められ、「早く、早く」と! 「効率」を求められ、「早く、早く」とせかされる社会になってしまいました。 むかしの職人気質はどこにいってしまったのでしょうか。むかしは、「いかに良いものをつくるか」でした。時間より、「良さ」優先していました。 後世に対しても、「良さ」を追求するあまり、最後の「一部分を未完成状態」にしておく(建物の柱の一本だけ上下を反対にしておくとか、50段の継ぎ目のない石段の1本だけを2本つなぎにしておくなど)といういう職人気質もありました。 「早く、早く」を求められるためか、ネットなど自分一人の時間を求めるようになったのでしょうか?
運転中などに、突然、強引に追い越しをかけられると! ドライブ中に、突然、強引に追い越しをかけられると、いい気はしません。 ときどきバックミラーを見ていると、後ろの運転の仕方がわかります。バイクを乗っている人は、運転の仕方を見分けるのが慣れているようです。また、対応の仕方も分かるようです。 バイクでドライブ中に疲れると、いつの間にか安全運転の車の後ろについて、のんびりとドライブします。 そのような体験から、他車の運転の見分けができるようになるのでしょうか?
ボランティアは、会社を離れても続けられる! 歳を取ってもボランティアを続けている人は、元気ですね。被害にあった人達の状況に応じ、頭を使い、体を使い、やったことのないことでも取り組まなければなりません。 また、人の邪魔になると思われないように頑張ります。それが良いのでしょうね。 歳を取っても社会に貢献できるよう頑張りたいですね。 その方法の一つとして、若い頃からボランティアを続けることも一つの選択ですね!
中近東の商人は交渉上手! 暮らしている環境で、人の暮らし方もかなり違います。いわゆる風土の違いです、 大陸で暮らしている人は、自分達が暮らしやすい土地を求め、移動していきました。 そして、その社会が受け入れてくれる範囲で、暮らし方を工夫してきました。 中国や朝鮮のように、自分の考え方より、その部族のリーダーの考え方で行動するという風土もあります。 また、むかしは陸続きの場合、交易が中心の地域もありました。いろいろな風土の人達と触れ合う中で生きていくための風土が出来ていきました!
イスラエルには、国を失う風土があるのでは? イスラエルという国は、よくわからない国という印象もあります。 ユダヤ人は、経済で成功した人が多いようですが、国家を維持するという面ではよくわかりません。 イスラエルが第二次世界大戦の約1年後に、国連で承認されできた国です。 国家として(国として)維持する、という歴史はそれほどありません。そのためか、ビジネスの考え方で、国家を維持しようとしているのでしょうか? 個にとして、存続するという発想はあるのでしょうか?
日本は治安がよい国と思われているが、はたしてどうか? 途上国ではこれらは「生きるためには仕方のないこと」と考えられているようです。戦後の日本も同じでした。 しかし、今の日本ではギャンブル依存症が深刻な社会問題になってきています。 治安とは、人々が安心・安全に暮らせるように社会の秩序が保たれていることなのですが、自分の収入の範囲でのギャンブルはどう考えればよいのでしょうか? パチンコ依存のひとは結構老いるようですが!
これからの時代、注目すべきは「エコ」と「環境型」の産業! 環境問題は、これから世界全体の最重要テーマ。 だが、アメリカは自らを「石油中毒」と認めていたが、大腸量が変わると石油中毒を続けてしまう国になってしまう。 当面の利益を優先した方が、民衆に指示されるのでしょうか? アメリカには、温暖化に対する「現場感」はないのでしょうか? 「移民国家」というのは、歴史の積み上げがそれほどないため、発想が単純になってしまう野でしょうか?
ロシア人の国民性は? ロシアの社会は、「強さが最高の価値」としているのでしょうか? 北の苛酷な環境の中で生き残っていくには、「強さ」は必要不可欠なのでしょう。 「和を以て貴しとする」価値観は、ロシアの風土では成立しないのでしょう。 ただ一部には「善に善をもって応じるのは誰でも。悪に善をもって応じるのが、本当の人」という言葉もあり、広い国なのでいろいろなのですね。 ということは、「広い国」というのは、そこに住む人々にとっては、必ずしもプラスとは云えないのですね!
少年殺人事件は、戦後の前半期には見られなかった! 昨今の少年犯罪は、「貧困」が原因なのでしょうか? 太平洋戦争後の貧困の時代、いまほど凶悪な事件はそれほどなかったように思います。 食べることにそれほど困らないような人が、「自分は貧乏だ」と思い込むのが“貧困妄想”、妄想は説得によってもその考えを変えられないものです。 金銭面に対する執着は、妄想の場合は変えることができないですね!
近代国家がかくも悪くなったのは、集団と競争のせい? 生命体としての人間は、「みんな対等」となぜ思えないのでしょうか? 最近「差別」という言葉をよく耳にします。なぜ「違い」という言葉が使えないのでしょうか? 「差別」という言葉には、上下関係を感じます。「違い」という言葉では上下関係をあまり感じません。 ただ、言葉で受ける印象は地域によって異なることもあるので、一概には言えませんが。 自然の中で生活していると、「違い」には気がつくのですが、「差別」は感じません。しかし、野菜や果物を商品として出荷できるかどうかは、「差別」があるようですね!
古くなることを押し留めることはできないが! 昔に比べるとずいぶ便利なりました。 便利さを追求する人間の心理は、生き延びるために得たのでしょうか? 便利さは、人間を楽にします。体の働き・頭の働きを楽にします。しかし、楽になると、それまでに造り上げてきた、からだの各部分にエネルギー供給する仕組みと相性が悪くなります。 このエネルギー供給する仕組みの変更がうまくいかないと、太りすぎや認知能力の低下などが、異常になってしまうことはないのでしょうか?
戦争責任をどう負うべきか! 今のアメリカ大統領のドナルド・トランプ氏について、日本人は違和感を持っている人が多いと思われます。 しかし、「無差別攻撃」や「原子爆弾」を落としたアメリカの過去を思うと、トランプ大統領に対して「そうかな」と、思うこともあります。 ディズニーが「東京大空襲」のプロパガンダ映画を作成していた、との話もあります。 アメリカ合衆国は、1775年から1783年のアメリカ独立戦争で独立した国です。 今NHKで放送されている大河ドラマ「べらぼう」の時代、田沼意次や平賀源内の時代です。 「歴史から学ぶ」には、歴史が短すぎるのでしょうか!
最近は、男性よりも女性のほうがずっと元気! 「元気」という言葉がキーワード(問題解決の手がかりとなる語)になっています。 これきは、「からだの元気」と「心の元気」の二つの意味があります。 心の元気は、前頭葉の働きが元気かどうかにあるようです。 ということは、仕事などで取組の範囲が狭くなり、それを長く続けると習慣化し、前頭葉の働きが少なくなってしまうようです。 ときどき幅広い知識や情報に接し、なにかしらのコメントを考えることで、前頭葉が働くようにしたほうが、認知症の予防になるようです!
途上国、あそこに行けば、なんとかなるだろう、と大都会に行く! 現代の日本では、大都会に行く人は就職などが決まっている人達がほとんどでしょう。 しかし、後進国での大都会は、家族を養うため「仕事を求めて」という人が数多くいます。仕事も決まっていないため路上生活になってしまいます。 そのためか、日本の路上生活者より元気なようです。 日本でも、むかしはそのようなスタイルだったのでしょうね。そういえば大都会ではないですが、南米やハワイへの移住、満州開拓など多くの日本人が移住していますね!
本当に歴史を動かしているのは、お金、経済なのだ! 歴史を見ると、貯蓄(米や麦などの穀物、そしてお金)できるものができると、戦いが始まっています。 いまでも、お金目当ての戦いは、社会では当たり前です。 人々の中で「このくらいでよい」という人は、まあ良いのですが、その「たが」が外れ人は、お金・権力・名誉を手に入れるため、良い悪いとは関係なく、なんでもやってしまいます。 また、その人達に協力する人・支援する人・従う人と、どんどん増えていくことになります。 また、社会的・歴史的に、評価されてしきます。 人類の生存にとって、プラスなのでしょうか?
考えることを放棄して一人の人間に依存すると! “ 日本は多神教の国ですが、明治時代になるとき、「廃仏稀釈」を実施し、天皇をただ一人の神とする一神教になると、戦争に突き進みました。 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の国々では、一神教のためか、絶対権力を持つ独りのリーダーを選びがちです。 その危険性は、いま特に激しいのですが、一神教の危険性を改革する必要性を考えているのでしょうか? 危険性は感じているのでしょうが!”