【円教寺に伝わる話】
鈴木弥太郎貞勝は、龍ノ口で日蓮上人に向かって振り上げられたものの、光る玉の出現で3つに折れた刀、「蛇胴丸」を作った人。
そしてあの事件の翌日9月13日、昨夜のうわさを聞きつけた鈴木弥太郎貞勝が、依知に向かって相模川を渡る前にぜひ自宅にお立ち寄り下さいと申し出たことにより日蓮の一行は貞勝の屋敷で休息を取ることになりました。 このとき貞勝は日蓮の教えに入信し、円教坊(えんきょうぼう)という名をいただきました。円教坊はこのあたりの水が刀作りに適さないことを話すと、日蓮は石に南無妙法蓮華経の文字を書き、「三十番神」をまつって地面を掘りました。その時わき出た泉がこの番神水だというのです。
2021年のアーカイブ
道に迷うことも歩く楽しみ!
福山 鞆 観心行ができる「顕政寺」
社会に出てからは学びの質を変えること!
鎌倉 病にご利益があるる瘡守稲荷も祀る「上行寺」
うるおいに満ちた精神性!
尾道 昔は入江で渡しがあった「磯の辨天神社」
文化のことは自然に任すのが一番!
厚木 安産の命、木花咲耶姫命を祀る「子安神社」
自分は冷静だ、騙されるほどバカではない!
鎌倉 石仏「百観音」を安置 「円覚寺 大方丈」
平気で身勝手なことをしている人!
尾道 四十八夜念仏修行ののち入水往生「信行寺」
1596~1614年に住職称住がこの草庵で四十八夜念仏修行をしたとき、その満願の暁方、阿弥陀如来の来迎に逢い、結集と共に入水往生したが、その時結集の中の一人は現世に残ってこの庵を相続せよというので、行欣が残ることになり、1603年現在地の下の山陽線路上の辺に移った。
「浄土宗」は、誰でも悟りに至ることができる教えで、自分の力だけでは無理でも、阿弥陀仏の力を借り、阿弥陀仏が私たちのために用意いただいた極楽で修行するなら、私たちでも悟れるであろう、という教えです。
では、その阿弥陀仏とはどのような仏かと申しますと、私たちのような修行に堪え得ない普通の者を救おうとして修行を積まれ、仏となられた方です。
潮干狩りは三月はじめの巳の日に!
鎌倉 平政子(北条政子)の墓がある「寿福寺」
このあたりは源義朝の屋敷のあった所といわれています。源頼朝は鎌倉に入ると、父義朝ゆかりのこの地に屋敷や幕府を造ろうとしたのですが、狭いことと、すでに義朝の家来の岡崎義実が義朝をとむらうためのお堂を建てていたので、大倉(蔵)というところに、幕府や屋敷を構えました。
頼朝が亡くなった後、夫人の政子は頼朝の遺志を継ぎ、1200年(正治2年)、栄西を開山に招き、2代将軍頼家を開基として、ここに亀谷(きこく)という山号の寺を建てました。3代将実朝もしばしば訪れ、やがて七堂伽藍というお堂をもつ立派な寺になり、塔頭も14を数えたといわれ、鎌倉五山の第三位となりました。1323年(元亨3年)の北条貞時十三回忌に、260人もの僧衆が参加する大寺院でした。
自分自身と「競争」する!
尾道 生口島の北鬼門の鎮護「向上寺」
本当に愛しているのでしょうか?
国会で、菅総理の息子の接待に関する責任を親(総理)に要求していますが、国会議員は、法律を担当する立場にあり、親の責任を問うなら「どのような法律を作るつもりか」を審議してほしいものです。異常な犯罪が増えていますが、その犯罪者の「親の責任」に対して、法律をどうするのか、考えているのでしょうか? ただ、票を集めるだけの批判なら、週刊誌を利用する策を考えればよいのではないのでしょうか。また、ネットでの誹謗中傷(根拠のない悪口を言い広め,その人の人格や名誉を傷つけること)についても、裁判では親の責任(損害賠償)を問われることはありません。統計学的・科学的に「子育て」について、親の責任が明確になった場合、どのようにしたらよいのでしょうか?