定年で、突然、することがなくなる! 定年だけが原因ではないのですが、「やることがない」ことは、辛いことですね。生物全般、それぞれの時間に、何らかの必要性があるから、生存できているのでしょう。そう考えると、もっと「何かをやる」ということの体制づくりが必要なのでしょう。クルマがなかった時代は、自分の家の前の道、プラス両隣の家の前の道などの掃除でも、それなりの意味があったのでしょう!
異常気象、どうしよう! 異常気象が、そろそろ普通の気象になってきているようです。日本の歴史的では、約400年ごとに異常気象が繰り返されており、そのためか、政権も変わっております。やはり、異常気象のため農業被害が大きくなったためでしょう。異常を普通だと思うようになるためには、異常に対する対策が充分となった時が、普通になったといえるのでしょう。もう少し時間がかかるのでしょうか?
笑顔の機会を増やす美容法! 「微笑みながら、相手の話を聞く」が出来ると良いですね。これを実行するには、自分の「思い込み」を捨てないとできないですね。「思い込み」があると、その思い込みと一致するときだけは笑顔でいられますが、一致しないときは、変顔になります。「思い込み」は、限りなく多くのことを知ることができれば、無くなってしまうものでしょう!
植物は体細胞に寿命を組み込まなかった! 動物には、DNAのテロメア短縮による細胞老化が起き、人間は120歳位が限度と言われています。生まれ変わることで、環境の変化に対応できる“しくみ”を造ったのでしょうか? 遺伝や環境で、それに対応したDNAのスイッチON(またはOFF)で、環境への適応を行っているのでしょうが、それでも対応できない変化への対応のため、寿命をもうけ、次の世代に生き残りを託す方法を選んだのでしょう!
万物の根源は「水」である! 植物や動物には「水」が神様です。その典型が龍神様(雨・水力をつかさどる神力が龍にある)でしょう。その力をお借りして、ひとびとはお米を頂いているのでしょう。しかし、視点を変えてみると、お米や麦は、人間を使って、繁殖することに大成功しているのです。ほとんどの植物が、昆虫や鳥、風などを利用して、繁殖するしくみを持っています。人間も、植物たちに利用されても不思議ではありません。米は人間を、日の出から日が沈むまで、うまく利用していますね!
「注意する」と「心配する」は別のこと! 悲惨なクルマの事故、対応策はあるのでしょうか。「注意すれば」と言われますが、これは「言葉(知識)」をベースにしたもので、実際の行動に直結しておりません。余裕があれば有効ですが「とっさの時に対応ができるか」は、疑問が残ります。とっさの時に対応でくるのは、“感覚”で習得したものでしょう。ただし、筋肉の衰えていく状況に合わせ、常に感覚の補正を行い続けなければなりません。また、クルマを変えて時も、当然、感覚を補正しなければなりません!
「叱る」という行為! 現代は、五感ではなく言葉で他人と伝えることが多く、言葉に隠された“思い”はわかってもらえません。そのため、「叱る」場合、その言葉だけで解釈されてしまいます。表情や音色、視線、口元の表情などの変化で、“思い”を感じて貰うことは無理、と考えなければならないのでしょう。いわゆる状況感受の受信能力が衰えているのでしょう。ネット社会やAIが定着するほど、状況感受能力は衰えるのでしょうか?
血液中の栄養素が過剰になると! 栄養素に関する情報はいろいろと出てきます。しかし、特定の条件で、初めて成立するものなのでしょう。極寒の地域、あるいは、灼熱の地域など、人々はいろいろな地域に住んでいます。当然、食べるものも違っています。その結果DNAもその環境に合ったものに変化しているのでしょう。自分に合った食べ物あは、やはり育った環境で決まると考えた方がよいのでしょう!
動脈硬化を促進する欧米食! 和食は、いろいろな食材を、箸を使って、時間をかけてゆっくり食べることが、健康に良いのでしょう。その習慣になると、健康な状態が永く続いていくのでしょう。それに地産地消ならば、収穫したものを、そのまま(冷蔵や冷凍しないで)新鮮な状態で食べていると、より健康に効果的なのでしょう!
治療しなくてはならない「夢」もある! 「夢うらない」は深層心理が現れるともいわれています。ただ、夢の中で他人に当たることは、自分の中にストレスが溜まっており、そのはけ口がなく、夢の中で発散しているのでしょう。カーナビのように、寝てる間になんらかの変化があると、自動記録し、その画像を自動的に分析する装置が、いつかできそうですね!
はるかな昔から動脈硬化が! 動脈硬化は、ミイラの時代からあったのですね。もっともミイラにされる人はお金持ちなのでしょうから、動脈硬化になっても当然なのでしょう。平安時代の美人は、ふっくら、ぽっちゃり、なのでしょうから、やはり動脈硬化はあったのでしょう!
分け合うという力が弱いと亡びる! 食べ物に困ったときでも、「分け合う力(助け合う力)」が「生き残りの力」ですね。しかし、日本の中でも助け合う風土は地域によって差があるようです。四国のように、お遍路さんを受け入れる文化があるところは、「与えっぱなし」「貰いっぱなし」が当然で、ただ、ただ無心で与える風土が出来ているようです。しかし、地域によっては「恩を与えたんだ」と、自己満足したい人が多い地域もあるようです!
利己的に振る舞うと種は亡びる! AI時代を目の前にして、暗記教育の弊害が予測されています。AIは、今までのテストでは、決して人間に負けることはないでしょう。そして、体力面においても、ロボットの時代がくると、人間は到底叶いません。でもひとつの希望が残っています。現代唯一の人類であるホモサピエンスは、知力・体力とも優秀だったネアンデルタール人よりも、生き残り作戦では成功したのです。利己的でなく、協力に喜びを感じる遺伝子が優秀だったからでしょう!
夢をなくしたときが「老人」だと! 人生100年時代、心持ちが年齢を決めるようです。思い込みが強いお年寄りが多いようですが、これは“こころの老化”のようです。テスト教育の普及で、幼いときから「テストの答えのみが正解」(正解を選ぶしろ、あえて不正解を選ぶにせよ)を続けていると、どんどんあたまが固くなってしまい、あたまの老化が進行します。そして、早い年齢から周りからのアドバイスを、受け入れることができなくなってしまうのでしょうか。クレーマーもそのひとつの現象なのでしょう!
対人関係は、相手ではなく、自分を見直すこと! 江戸時代は、地位=権力、名声=名誉、お金=禄高が、集中しないように、権力は老中にあるが禄高は数万石まで、名誉は学術的なものもあるが、公家が名誉を担っていたのでしょう。この力の分散が、争いが起きなかった要因なのでしょう。現在は天皇が名誉の面で大きな力を発揮でき、ひつとのところに力が集中しない仕組みになっているのでしょう。もうすぐ「令和」の時代になりますね!
誰でもがみな、ある意味出来損い! 「自分は出来損ない」と思うことを大事にすることが日本の文化。いくら自分がトップだと思っても、「やっと三本の指に入ったかな」と表現する文化です。職人の心構えでも、尾道にある御袖天満宮の石段は、5mの1本ものが54段あるが、上から二段目だけを2本つなぎに造っています。わざと「まだ完全な腕ではない」と、職人自身が腕を磨くために、あえて不完全にしています!
自利を選んだ結果、犯罪を犯してしまう! 2005年4月25日に尼崎市で起きたJR福知山線の脱線事故、直接的な犠牲者は死者107名(運転手含む)、負傷者562名でした。この事故の原因は、手前の駅でオーバーランし、その遅れを取り戻すため、運転手がスピードを出し過ぎたためでした。刑法的な見解では「運転手に罪がある」ということになります。しかし、その背景には「時刻を守れなかった運転手には、厳しい再教育と待遇があった」ということです。エリート達の「知性」と「理性」が造った“しくみ”が、最大の主因だったのでしょう。現在の裁判では、裁けない問題ですね!
「サクラ」はバラ科の植物! 「サクラ」はバラ科なのですね。バラ科は「花」や「実」が魅力的なものが多く、しかも、健康にも良いものもあるのですね。これは、人間に「バラ科の植物をもっと広めろ」というサインなのでしょうか。人間も昆虫と同じような役目を担っているのですね!
ほんの少しの「見栄え」アップ! たいして重要ではないと思ってしまいがちなことを、「大事なこと」と思うことができるかどうかが大切です。しかし、なぜ「たいしたことではない」と思ってしまうのでしょか? その対象物が「自分はたいしたものではないよ」とは言ってはいません。わたしたちが、勝手に「たいしたものではない」と、思っているだけです!
正しい「気づき」を! 「事実を、五感を使って正確に認識する」ことは、大変難しいことです。しかし、このことを認識している人は、それほど多くはいないですね。どうしても、「自分の見たいように」、「自分の思いたいように」ということになってしまいます。「三人寄れば文殊の知恵」、一人では無理なのですね!