ビタミンAは細胞性免疫を強化する!

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 新型の肺炎が世界中に広がろうとしています。人類の歴史では、地球の総人口が1万人とか1万5千人とか、という時期もあったようです。食べ物の影響などから、その場面に適した免疫力を得られた人達が生き残れたのでしょうか。お酒で顔が赤くなる人は、アルコールが作り出す悪玉が、いのちに影響する悪玉を退治することで生き残ったとか。「毒を以て毒を制す」ですね!

道端のお地蔵さんにはエネルギーが!

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 道祖神は村の辻などに祀られて悪霊の侵入を防ぐ神様。国際飛行場に道祖神を置いて、新型肺炎菌の侵入を防いでくれるとありがたいですね。「固く信じる」ということは、宗教などで広く行われており、心だけでなく、からだにも何らかの効果があるのでしょうか? 医療がまだ発達していないとき、いろいろと信じることで、なにかしらの効果があったから、長い歴史の中で続けられているのでしょう。「信じるという姿勢」こそが、未来を拓く大きな大きな力となってきた体験が、そうさせているのでしょうか!

人からの批判は成長の糧!

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 「後悔 臍(ほぞ)を噛む…(自分の臍(へそ)を噛もうとしても届かないように、後で悔やんでも及ばないこと)」ということわざのように、後悔にはメリットがないことに気がつきながら、後悔をしてしまう。反省するところまで、たどり着ければよいのですが。この原因は、その事柄が発生したときの、状況把握が不十分なことが原因なのでしょう。状況をきちんと把握するだけの感覚が、育っていないのでしょう。つねに「現状把握」が充分であれば、いつも的確な反省をすることができるのでしょう!

政治は盲目の現実主義!

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 民主主義の政治は、「目先の問題だけがテーマ」になることは、防げないしくみなのでしょうか? そのためか「行き当たりばったり」になります。10年以上先に予測される問題は、政治家まかせでは対応できないようです。“別のしくみ”が必要なようです。100年ほど前までは、ビジネスに成功した人たちが、社会のための公共投資を担い、それが出来る人だけが、社会的に認められるしくみがあった町があったのですが!

“自分さえよければ”と!

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 いまや、「法律さえ守ればよい」が最高のマナーになった感があります。むかし商売の町では、「法律は最低のマナーだ、商売をやるなら、もっとよいマナーを目指すことが必要だ!」とされていました。小さな八百屋さんは、売れ残りそうな野菜があれば、お客さんに丁寧に料理の方法を教え、買ってもらっていました。そのため廃棄される野菜が大変少なかったのです。これは、お客さんへのマナーにとどまらず、社会に対するマナーでもありました!

旅行プランは全部全部立てる!

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 旅行、というより旅(たび)の計画を自分で立てたいものですね。街道が整備される前の昔の旅人は、情報がほとんどない状態で、旅の計画を立て、道を間違えないように尾根道を歩き、祠や岩陰に泊まり、「明日はどうしようか」など、自分がいる状況を観察し、計画を立てていたのでしょう。また、未整備の道を歩くため、危険もあり、足の裏からも多量の情報が、からだのあちこちに伝わり、「頭の中はいつもフル回転」だったのでしょう!

リンパの働きをよくすると!

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 食文化の変化は、免疫力にどのような影響を与えているのでしょうか? 現在の医学は、各種の検査・測定の機器のデータに基づいています。ということは、データを得られないことについては、医者や食品研究者は「何も判断していない」ということです。そのような状態ですから、新規に何かデータが取れると、今までの医学・食品の効果がコロッと変わってしまいます。漢方は、征服した人達を実験台に、50年、100年とか人体実験をしていたそうです!

寒い季節の風呂は39度以下のぬるめの湯に!

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 日本人の風呂に入る習慣はどこからきたのでしょうか? 長野でサルも温泉に入っているので、同じような理由で始まったのでしょうか?  皮膚の衛生面が目的なら、水浴び(シャワー)で住みますから、病気や精神面にも効果があると昔から気がついていたのでしょう。日本で最も古いとされている温泉は道後温泉、大国主命が少彦名神を掌にのせて、温かい湯で入浴させてあげたとか!

互いに生きていくために家族がある!

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 群で生きる動物は、集団内でのルールを持ち、協力することで生き残ってきた。人間も、本来は集団で生きる動物、それが、豊かさを手に入れたためか、核家族といわれる3~4人の集団で暮らすようになった。そして、社会においても、年功序列というしくみが消えて行き、組織への帰属という意識も薄くなった。その結果、集団としての生存能力弱くなっていっているのでしょうか? 大きな災害があったとき、集団の力が弱いと生き残れない、ということも起こるのでしょうか!

豊かに考えられる子!

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 「考える」は、「過去」、「現在」、「未来」について、それぞれ考えることができます。その中で「過去」と「未来」は言葉で考えています。しかし「現在」は、言葉だけではなく、五感からの情報を組み合わせて考えることができます。この多彩な情報を組み合わせることで、感情というものの基礎ができるのでしょう。9才までは、やはり自然の中で五感を育てることが大事なのでしょう!

とにかく登っていけば!

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 低山であっても、山登りは楽しいものです。ただ、そうなるためには、子ども時代から山に馴染んでいることが必要です。できれば、家々に囲まれた低山(安全のため)で、山道を外れて遊んでいると、いろいろと五感が鍛えられます。五感が敏感であればあるほど、山頂まで行かなくても、いろいろと山の姿を楽しむことが出来ます。自然の中では、過去や未来など、思い悩むことをしなくなりますから!

生身の自分をぶつけ相手のフトコロに!

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 「断り上手」、「断られ上手」になれると、人生を気楽に過ごすことが出来るのでしょう。そのためには、子ども時代に、出来るだけ多くの大人とつながりがあると良いですね。また、子ども同士でも、昔のようにガキ大将がいて、年齢の違う子ども同士で遊ぶ場があるといいですね。核家族になり、同学年で遊ぶようになり、いつの間にか、人類が集団の中で生き残る術を磨いてきたことを失いつつあるようです!

脳を活性化させるには!

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 「目」から情報を得ることと、「耳」から情報を得ることには、脳の働きに違いがあるようです。「今も狩猟と採集で暮らすタンザニアのハズダ族とその睡眠を、カナダ・トロント大学の人類学チームが調べたところ、20日間にわたり、誰かが常に起きていることが分かった。」という研究報告があるそうです。夜にも常に誰かが起きて、他の生物から襲われないように見張っていたのでしょう。夜は「音」しか聞こえません。その遺伝なのか、今でも危険を回避するときは、目の情報より、耳からの情報のほうが、素早くからだが反応するようです!

サービス過剰店も繁盛しない!

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 サービスのやり方は、地域風土で違っていました。しかし、チェーン店の普及で、各地域の特性は目立たなくなってきています。今後はAIを利用したやり方で、全国一律になるのでしょうか? それとも、AIが地域風土を織り込んでくれるのでしょか? 各地域の文化や風土は大切にして欲しいものです。多彩であるほど、これから起きる環境変化への対応力が高くなるのでしょうから!

笑顔ひとつつくれない人!

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 イヤなときでも、自分の笑い顔は、自分を元気にしてくれる効果があります。しかし、他人を元気にすることは、他人の笑顔だけでは難しいのでしょう。「親切」と「思いやり」を感じてもらうことでしょうか。他人に元気をふりまく人は、やはり貴重ですね!

幼い子どもは家族の助け合いを見ている!

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 子どもは、一緒に生活している人達を見て、小集団の中での対応の仕方を学んでいます。「家族(家属)」という言葉は、同じ建物で生活している人のこと。昔は、一緒に生活する人が多く、小さなときから集団の中での生活の仕方を学んでいました。それが核家族になり、子供達が学ぶ機会を失ってしまいました。閉じこもりの人が増えてきたのは、このためなのでしょう。せめて正月などには実家に帰り、多くの人達と接しましょう!

よく遊んだおもちゃベスト10!

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 おもちゃは大事にして遊んでほしいのですが、子どもの好奇心の伸ばすには、子どもが壊していることを、放っておくのも大事ですね。「壊して、そして、直す、しかし、直せない」、それが大事ですね。ただし、現在は昔と違って木製のおもちゃはほとんどありません。電子部品でできているものが多く、壊しながら学ぶ、ということがやりにくくなりましたね!

いつもペンと手帳を持ち歩くと!

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 最近は音声でメモを取る方法もありますが、「書く」という動作が「脳への刺激」と、「考える」ということに、何かしら影響を与えているのでしょう。メモを書くという行為の積み重ねが、何かしらの成功に貢献することでしょう。来年から手帳にメモをしましょう!

ゆっくりした口調は、考える時間も出来る!

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 ネット時代、もう一度「会って話す」ということを、大切にする文化を大事にしたいですね。ネットで会議をする場合、顔以外を見ることはほとんど出来ません。言葉でのコミュニケーションとなってしまいがちです。特に女性は会って話すと、手の動きや体の動きが多彩です。五感を動員したコミュニケーションは、第六感というものさえ生み出してきます。ネットで言葉によるコミュニケーションの限界を、もっと意識する必要があるようです!

予期せぬ事態が発生すると!

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 言葉による知識教育を受けていると、考えることが「知識優先」になってしまします。「“五感”から得られる事実に基づく思考」をしなくなってしまいます。知識で思考したほうが圧倒的に楽なためでしょう。行き過ぎてしまうと、五感からの情報の取り方さえ出来なくなってしまうようです!