むかしは、「宗教人の言葉」で行動していました。現代は「専門家の言葉」によって行動しています。もっとも、それらの言葉を、信じて行動する人と、否定して行動する人がいますが。しかし、その人達の言葉に縁がない人達は、自然を観察し、その中から正解を見つけ出していました。その行動が、科学を生み出したのです。そして、その情報が比較的手軽に入手できるようになると、観察より、情報入手が優先するようになってきたようです。でも、現在のように変化せざるを得ない状況では、やはり、観察主体の行動が大事なのでしょう!
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今この時をどのように生きるのか!
周囲に同調していると!
才能をもっていない人は幸せ!
第三者の立場に立って自分を眺める!
人からの批判は成長の糧!
1ヵ所だけからでは陰のところは見えない!
品とは何か?「恥を知っていること」!
生きるとは、ガラクタを捨てること!
自分が思っている世界しか見えないもの!
自分勝手なレッテルを貼っている!
落とし穴があると知っている!
恨みからは何も生まれない!
「感情のセーブ」がしにくくなる!
怒り出したら心の中で「1、2、3……」と!
表情で、きれいにも、チャーミングにも!
ネガティブな思いにとらわれる!
今年のように、お盆の時期に台風が来てしまうと、予定が大きく狂ってしまいます。ここは「神様が、エネルギーを使いすぎだよ」と警告している、しょうがないと、むかしの人は考えたのでしょう。「雷神」という神様がいます。雷神は人びとを恐怖のどん底に突き落とす崇り神様ですが、一方で、雷神が稲穂と交わることで、稲は実を結ぶと信じられていました。実際に、空気中にある窒素(空気の80%)に、雷=電気が流れると、窒素酸化物になり、これが雨に溶けて降り注ぐことで作物の肥料になります。このように、日本の神様には二面性があります。ただ、昨今の人々には、「自分だけが正しい(思い込み)」、という一面だけの人が増えているようですね。世間の犯罪を見ると!
ひとつの価値観だけで??
ものの見方に、多彩さが欠けてくるのはなぜでしょうか? 日本では、学校教育で、一つの答えを要求され続け、社会に出てからもその延長で、多数の思惑に合わせたほうが、生きやすののでしょう。一つの変わった視点で歴史を見る例として、米(あるいは麦)の立場で、イネの勢力拡大のため“人間を使おう”、その戦略として「米を作る人達が1年間消費する量の、倍を収穫できる」という戦力をイネが取り入れた。すると、収穫の半分を他の人達が利用できるようになった。その分け前を得ようとして、「イネが作れる土地を開発し貸し付ける」、「高価な青銅製の農機具を貸付る」、「他の場所に運搬し報酬を受ける」、「盗難から守る」等々の、人類の争いの歴史が始まり、イネや麦は、その勢力をどんどん拡大していった、という視点もあるのでは?



