来年の夏休みの計画づくり!

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 今年の夏休みは、台風の影響で日程が大きく変わった人も、多かったのではないでしょうか。その記憶が残っているうちに、来年の夏休み(あるいは正月)の計画の準備に入ったらどうでしょうか。気候が読めない時代、一つだけの計画では心配です。屋外の観光だけでなく、屋内でできる体験教室など、また、交通手段も第1候補だけでなく、第2、第3と、あるいは、追加宿泊なども、考えなければならないようですね!

外国にも「お盆」に似た文化がある!

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 日本のお盆に相当する行事は、海外にもあるようです。しかし、いろいろな文化をつくり出しながら、その多くを過去に置き去った国も多くあります。日本は海外から入ってきた文化を、洗練しながら現在まで引き継いできているものが多くあります。「文化は、現在に生きているからこそ文化である」と思います。歴史は、単に記憶するものではなく、現在に生かすための歴史であってほしいものですね!

熱中症はミトコンドリアの機能低下で起こる!

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 異常な暑さが続いています。50年前の気温は、現在より4~5度くらい低かったように思います。寒冷期だったのかもしれませんが、35度を超える日は、ごくまれだったように思います。瀬戸内の尾道では、海の降りる石段が、三段ほど積み増しされています。海面が高くなってきているのでしょう。当時に比べ、電気の使用量は40%以上アップ、省エネに取り組んできましたが、増加しています。それに車の台数は26倍以上の増加、若者がクルマ離れをしているのは、省エネへの貢献として評価しなくてはいけないですね!

はじめて稲作が行なわれたのは!

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 麦や稲の戦略は、ここ数千年の人類をうまく利用し、自分たち(麦や稲)の勢力拡大のためには、耕作者が消費する収穫量の2倍の収穫ができることができれば、自分たち(麦や稲)の拡大が可能だろうという戦力を見つけました。耕作の残り半分が、農地の開拓者、農機具の所有者、盗難から警護する人達などに支払われ、また、それらの利益収奪競争が、人類の歴史を作ってきたのでしょう。植物たちは、特定の昆虫や鳥や動物、自然現象などを巧みに利用し、生き残り作戦を行っています。4億2千万年前には既に多様化した植物があったとのこと、今日まで、いろいろと生き残り戦略を行ってきたのでしょう!

「知識の組合せあそび」は、柔軟な頭を生む!

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 自分の「知識データーベース」を持ち、そこに蓄積したデータを、単語検索し、見つかった情報を自分流に組合せ遊んでいると、いつの間にか自分の中に蓄積した「思い込み」が、だんだん薄くなっていきます。
 ただし、組み合わせる作業において、「完成」を目指さないことが大切です。完成を目指すと、新たな思い込みになりかねません。いわゆる日本の伝統文化である「未完成の美学」といった意識が、思い込みをなくして行くには重要です。

本当に実力がある人!

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 事実を、五感からの情報をありのままに(先入観無しで)認識し、判断する(状況によっては判断しない)ことができると、やっと一人前の入口に立てるのでしょう。しかし、多くの場面で、自分の見たいものしか、情報として認識していないようです。最近、イヤホンの耳につけて歩いている人は、周りの多くの情報を、認知していないのでしょう。ネット社会でも、大量の情報で溢れているのですが、認知力は低下しているのでしょうか!

外国にも「お盆」に似た文化がある!

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 今の子供の多くは、人類の歴史上、外で遊ぶことが最も少なくなっているようです。これは、「人類が生き残ってきたノウハウはもういらない」という判断を、行った上で選択した結果なのでしょうか? 子供時代に、五感を通じた情報処理の基礎を訓練し、右脳と左脳のバランスをうまく調整し、環境に適応できたから、数十万年の歴史をつくってこられたのでしょう。恐竜の歴史には及ばないのですが!

「花火」そのはかなさを!

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 花火は、下から見上げるところが多かったのですが、高層住宅が増えてきたため、横から見る人も増えてきているのでしょう。むかしは、海や川のそばに山があり、その傾斜地で各々が好きな場所を見つけ、花見見物をしていた所(たとえば広島県の尾道)もあります。そんなところでは、高いところから少し下の花火を見る、といったところもありました!

集まるとうまくいかないんだろう?

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 人は、なぜ優越感を持ちたがるのか? やはり、集団の中で子孫を残す上で、メリットがあったからでしょう。特に、男性陣が狩猟してきた食料が、充分ではないときに、どのようにしてその食料を手に入れるか、というとき、優先順位が必要だったのでしょう。どの時代でも、強弱はあるにせよ、優先順位は消えることはないのでしょう!

ひとつの価値観だけで??

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 ものの見方に、多彩さが欠けてくるのはなぜでしょうか? 日本では、学校教育で、一つの答えを要求され続け、社会に出てからもその延長で、多数の思惑に合わせたほうが、生きやすののでしょう。一つの変わった視点で歴史を見る例として、米(あるいは麦)の立場で、イネの勢力拡大のため“人間を使おう”、その戦略として「米を作る人達が1年間消費する量の、倍を収穫できる」という戦力をイネが取り入れた。すると、収穫の半分を他の人達が利用できるようになった。その分け前を得ようとして、「イネが作れる土地を開発し貸し付ける」、「高価な青銅製の農機具を貸付る」、「他の場所に運搬し報酬を受ける」、「盗難から守る」等々の、人類の争いの歴史が始まり、イネや麦は、その勢力をどんどん拡大していった、という視点もあるのでは?

かつての日本の家の中!

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 実家に帰ると、”もの”があまりありません。必要なものと、少しばかりの小さな置物類だけです。しかし、家の外には豊かな(多彩な)自然があります。部屋の中にものが増えるのは、都会生活で、まわりに心が安らぐ自然が少ないためでしょうか?

劣等感は心がつくり出した妄想!

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 「思い込み」で日常を過ごすようになると、ストレスの多い日常になるようです。なぜ、思い込むようになるのでしょうか? 接触する人たちが少ない、知識の入手が偏っている、あるいは、少ない、五感から得る情報が少ないなどに、その要因があるのでしょう。歳を取るにつれて、思い込みが激しくなっていくようですが、いろいろな情報に接することが少なくなるためでしょう!

失敗体験をたくさんするとガムシャラに!

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 ガムシャラに物事に取り組んでいると、余計な思い込みもなく、いま現在の状況から得られる情報(どちらかといえば感覚的な情報)をもとに、どのように対処するか、だけを考えています。これも、ある意味「無心」ということでしょう。これが、成功しようと、失敗しようと、自分の財産になって行くのでしょう!

弱さを人間関係の武器に!

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 「弱さを武器」にされると対応が厄介ですね。ただ、昨今の、社会への適応が苦手な人達は、弱さを武器にすることができず、自己否定、あるいは、社会否定になってしまうようです。これは、もっと厄介ですね。ネット社会になり、自分の都合の良い情報のみ集め、その情報をもとに、自分の論理を組み立て、厄介な事件を起こす人も出てきてしまいます。真夜中、人に見られないようにして、5寸釘でわら人形を立木に打ち込み、憂さ晴らしをしていた時代の方が、よかったのでしょうか?

無理をすることなく「ありのまま」に!

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 「外界は自分に合うべきだ」と考えるか、「自分を外界に合わせる」と考えるか、という問題。「知識の学習」で常に正解を求めてきた人は、「外界は自分に合うべきだ」と考えやすいのでしょうか。日本では、多彩な自然があり、「常に答えはひとつだ」と考えることは無理があります。日本の文化にある「未完成の美学」は、「完成は崩壊の始まり」と考えています。「自然のなかで感性を学習した人」は、「自分を外界に合わせる」ことが、ごく普通のことと考えるのでしょう!

理論優先、競争原理の導入の弊害!

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 「勝ち負け」をベースにして「逃げてはいけない」という思いに縛られていると、事故や災害といった突発的な出来事に見舞われたとき、「危険を避ける」という行動ができなくなっていきます。危険な状況に瀕したたときに、本能は、それを察知して逃げるようにと警報を鳴らします。ところが一方では「逃げてはいけない」という指令を発して、その警報にブレーキをかけます。あなたは相反する情報に立ち往生し、身に迫る危険に対しても、自分を守ることができなくなっていくのです。避難を現場で支援する立場の人は、ものすごく大変です。

自然を制御できると過信!

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 ヨーロッパ文明は、ギリシャ哲学とユダヤ教やキリスト教の一神教を基本としたためか、「人間は自然を制御できる」と思い込んでいます。何か異変が起きたとき、「なぜ、どうゆう原理なのだろう?」と考えます。すべてのことがいつか「解明できる」と考えているようです。「曖昧」を否定する社会は、ストレス社会になりやすいようですね!

赤ちゃんはこの世に生まれて不安!

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 核家族が主流になったためか、赤ちゃんのときに触れることができる人達が、からり少なくなってきています。また、都会暮らしの人が多くなり、赤ちゃん時代に自然にふれる機会も少なくなりました。人類の歴史で、こんなことは初めての経験です。それも、ここ50年ほど前からです。子育てにおいて、「何が正解か?」まだ経験不足ですね!

「なるほど、そうだね」と言おう!

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 組織内で、あるいは、同じ業界内で、偉くなっていくと、多くの人は「思い込み」が、どんどん強くなっていくようです。いろいろな人達の意見を、「なるほど、そうだね」と聞くことができる人は、「思い込み」が少ないのでしょう!

風格は自分の力だけでは身につかない!

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 風格というと、ある程度の年齢を重ねた人を思い浮かべますが、「品が良い」という言い方もあります。「品」は口が3つ、三人を表しているようで、「三人=いろいろな人」という意味もあるようです。品のある人、風格のある人は、たとえ、子供であっても、みんなついてきてくれるようですね!