他者中心になっている人!

 瑠璃山という別名を持つ山。山麓を瑠璃地区とも云っていた。
 尾道三山で最も高い浄土寺山(瑠璃山)の山頂展望台からの眺めは天下一品。歴史的な雰囲気を残す尾道旧市街地はもちろん、南には瀬戸内海の島々、北には尾道の別の姿を見ることができます。
 特に瀬戸内の島々の遠望が良いです。ここまで登ってくる観光客はまづいません。地元の人でさえ、そんなには登ってはこない静かなところです。
 浄土寺山は”尾道の隠れた名所”といっても良い景色のよいところ。冬の時期、条件が良ければ四国山脈まで一望できます。

人間は、サルから進化した動物!

 生物の進化についての解明が進んでいます。ウイルスもDNAに影響を与え、その進化に大きく影響しているようです。環境の変化への適応能力が「進化」というものなのでしょうか。皮膚が進化し、味が分かるようになり、目ができ、耳ができ、ニオイもわかり、自分が生存していく上での情報が入手できるようになり、ときには移動して生存できる場所を見つけて生き延びてきたのでしょう。人間は、環境を作り変える力さえも持ち、自分たちに有害なものを駆逐するまでできるようになったもの(人間)もいます。生物は、いつまで環境の変化に対応できるのでしょうか!

カンブリア紀(約5億年前)に生物が大発生!

 古代期の生物が情報を収集する方法は、皮膚からしか情報収集ができなかったそうです。それがカンブリア紀に皮膚が変化し「目」ができ、その目から情報収集ができるようになり大進化をしました。耳や鼻も皮膚が進化してできたのでしょう。その結果、情報の量が圧倒的に増え、脳ができ進化していったのでしょう。私たち人類は、進化の過程で木から下り、食料を得るために長時間の運動が必要となり、放熱のため体毛がなくなりました。その結果、古代に持っていた皮膚からの情報収集力が復活したのでしょう。「殺気」とか「第六感」とかいわれる感覚は、皮膚からの情報収集なのでしょうか? 

はつらつとして生きていること!

 「笑い」は、人とのつながりにおいては必須のもの。イラク戦争のときか、米軍の部隊がイスラムの牧師を訪ねるため町に入ったとき、その町の人々に囲まれ険悪な状態になった時、米軍の隊長が「笑え」と命令し、隊員が笑顔になると、険悪な状況が一変したという。その隊長は世界中を一人旅した経験があり、「笑い効果」を実感していたのだそうです、笑いは大事ですね。また、笑いは健康にも良いのですね。白血球が元気になり、免疫力アップにもよい影響があるようですね!

定住生活が始まると富が不平等に!

 「定住生活」という生活スタイルが、社会風土というものをつくり出すことに大きく関係しているのでしょう。同じ場所で水と食べ物がが手に入るか、そして、そこで何人が安定して暮らせるか、ということが、集落の大きさを決めていったのでしょう。縄文時代、東日本は比較的大きな集落があり、西日本、特に中国地方にはあまりない、ということは、東日本は水が安定して手に入るが、中国地方は夏には水を確保しにくいことが一因なのでしょうか? そう いえば、井戸に石仏があるのは瀬戸内に多く、東日本では灌漑など田園に水を引く事業に石碑が建てられていますね!

見えるものしか見ない人が増えてきている!

 「見えるものしか見ない」人が増えている。しかも自己中心。このような社会的な危機状態のときはやっかいですね。これも核家族で、しかも兄弟姉妹も少ない中で育った人が多くなってきたため、自己中心になってしまうのでしょう。社会的な危機を乗り越えるには、多彩な価値観を受け入れられる人が有利です。シェアハウスで育った子供は、いろいろな価値観の人達と、子供時代から接するため「生き上手」になるのでしょう。働き方改革が叫ばれていますが、育ち方改革も必要なのでしょうね!

太っている人が増えています!

 糖質には「糖」という字がついているので「糖質=甘い」と思われているかもしれませんが、甘い糖質と甘くない糖質があります。デンプンは甘くない糖質の代表です。デンプンは米や小麦粉、いもなどの主成分です。ご飯やパンなどはさほど甘いと感じませんが、これらの食品はたくさんの糖質を含んでいます。デンプンはブドウ糖が多数つながったもので、最終的に小腸でたくさんのブドウ糖にまで分解されて吸収されます。稲作が始まったのは、考古学的な調査では約1万年前の中国長江流域の湖南省周辺地域と考えられています。人類の歴史から考えれば最近のことです。そのためか、体質がその変化に充分に対応できていないのではないでしょうか。しかし、縄文時代に15歳まで生きた人の平均寿命は、男性が31.1歳、女性が31.3歳と言われています。その後の米や麦などの生産が寿命へのプラス面は多く、寿命が延び満60歳(数え年61歳)の還暦からを「長寿」としたのは室町時代頃で、この頃からの長寿の祝いが定着していますので、やはり米などの炭水化物のメリットを選んだということなのでしょう!

皮膚は脳と同じ外肺葉由来です!

 粘菌(原生生物の一群)は、脳を持たない単細胞生物であるにもかかわらず、環境に応じて集合体になったり、役割分担したりする。集合体になる時に仲間をどのようにして見分けているのかというと、人間でいう皮膚感覚なのでしょう。人間も受精し成長する過程では、外胚葉が、脊髄、末梢神経および脳 、歯のエナメル質、皮膚を形成するために分化していく。そう考えれば、皮膚にも外からの情報を感じると、何らかの判断をしている可能性はあるのでしょうか? 「皮膚感覚」は、実際に皮膚に接した情報と考えています。しかし、音などの波長も皮膚は感じています。耳では聞くことのできない高周波や低周波の音も感じています。高性能のイヤホンで聴くより、生演奏のほうが感動するのは、皮膚感覚も影響しているのでしょう。カメレオンは、日陰の部分だけ皮膚の色を変えることができるという。頭で判断しているのではないのでしょう。人間でも危険を察知する「第六感」があります。これも皮膚感覚をもとにしているのではないのでしょうか?

売れない企業に限って気づかない!

 関西の商人が大事にしていた考え方に「三方良し」というものがありました。「三方良し」とは、「売り手」「買い手」「世間」の皆が喜んでくれることで、近江商人が大切にしていた考えです。「売り手と買い手がともに満足し、さらに社会貢献もできるのが良い商売である」と考えていました。彼らは、自分たちの利益ばかりを考えるのではなく、ただ人のためになることを行っていました。そうして蓄積していった信頼は、やがて彼らに大きな利益をもたらすことになります。そこで貯まった利益を、学校の建設や橋の建設に提供し、また、その他の社会貢献にも大きく貢献したのだそうです。神社やお寺へ、また、飲み水は確保のためのダム建設などの資金援助も行っていました。今では、国や県・市町村が行うことが普通になっている公共事業の資金の多くを提供していました。基金のときにも米を提供していた豪商もいました。しかし、今は株主が強くなったためか、企業が寄付することは難しくなりましたね!

行きずりの人からも情報を得よう!

 日本の風土もいろいろあります。西日本では隣町でもかなり違っています。関西の大阪、京都、奈良、神戸などと、関東の東京、神奈川、千葉、埼玉などと比べると、関西のほうが風土の違いが大きいです。そのためか「行きずりの人」への対応も、地域によってかなり違うようです。その地域の写真を撮りながら歩いていると、大きな川を隔てて、西と東でも違っているな、と感じることも多いです!

専門家と呼ばれる人はそこでしか生きられない人!

 「定住を基本とした社会」か、「移動を基本とした社会か」で、その地域の風土がかなり異なるようです。移動を基本としている社会は「能力主義」が基本になります。しかし、定住を基本とする社会では、個々人の能力が平準化した方が、その社会がより協力的になり、不満も少なくなると思います。現在の日本は、欧米の考え方の比重が高くなっており、能力主義がよいとされているようです。しかし、日本では「少しばかりの能力の差」が、過大に評価されないように注意する必要があるのでしょう!

前頭葉の働きは!

 ここ数万年の地球環境は、前頭葉が発達したホモサピエンスに最適だったのでしょう。しかし、その最適な環境を壊すのも前頭葉かも知れませんね。動物の中で殺し合うのは人間だけと言われています(50年ほど前に他にもいるようだと分かったようですが)。人類で生き残っているのはホモサピエンスだけですので、なんとか頑張ってほしいですね!

人間らしい四つ機能が前頭葉に!

 前頭葉の発達が「人間らしさ」を作り出しているとのこと。一般的に人間として大人になるのは25歳程度とされているようです。これは前頭葉の発達と関係しているのでしょう。そうすると、若者の多くは前頭葉がまだ未発達、年寄りの頑固さは前頭葉の老化ということになるのでしょうか? 今回の新コロナ時での行動を見て、「あの若者は、前頭葉が未発達なんだ」とか、「あの中高年は、もう前頭葉の老化が始まっているのだ」とかと思って見ている人もいるのでしょうね!

良いこともあれば悪いこともある!

 人の悩み事を聞くには、まづ「思い込み(先入観)」を捨てることですが、これが難しい。テストで満点が多いほど、経験が深いほど、専門的な知識が豊富なほど、長く生きていればいるほど、自分の考え方で相手を理解しようとします。これは、相手の話を、相手の立場で理解しようとはしていないのでしょう。自分の立場で理解しているのです。このような場合は、自分の意見は言わず、ただ、ただ、聴くことに徹した方がいいのでしょう!

恋人から突然別れを切り出されたら!

 悩み事で相談を受けたとき、社会的なしくみや法律に関することは別として、説得や提案で解決しようとすると、相手にとっては迷惑なこともあるのですね。ついつい説得しようとする人が多いと思うのですが、単に”聴くだけ”も大切なのですね。その道の専門家はともかく、単に聴くだけということは、思っている以上に難しいことのようです!

人には親切にしたいもの!

 何も見返りを期待していない「親切」というものがあります。四国のお遍路のときの御接待(おせったい)など古くからあります。西日本に多いようですが、「てごうする」といって、「お手伝い」と無意識に使い分け、お返しをまったく気にしない手伝いがあります。この基本になっているのは、仏教の考え方なのでしょう。自分が生きている内に、できるだけ施しをすることができれば、極楽に行ける、と。そういえば、何かもらい物をすると、すぐお返しをする地域と、ついでのときに何かを上げる、といった地域があります。日本の中でも、各地でいろいろな風土があります。情報発信が東京中心になってしまったため、各地域の風土に無関心な人が多くなってきているのでしょうか?

女性の学びは男性と異なった特性を持つ!

 「学び」は長続きさせたいもの。できれば一生学び続けたいものです。人間、前頭葉が未発達、または老化すると、自分の制御が難しくなってしまいます。新コロナの伝染防止対策がうまくいかない若者、カラオケで歌いまくる高齢者、ともに前頭葉の働きがうまく機能していないのでしょうか? 元気であり続けるには、からだを動かし、足から、あるいは、手から、そして皮膚からの情報で、からだのあちこちを刺激することが大事なのですが、「学び」で前頭葉の刺激を続けることも大事です!

お経は何かさっぱり分かりませんが!

 日本ではお経は漢字で書かれています。そのためか、その意味を知ろうとします。でも、分からないですよね。仏教の宗派によっては「文字で書かれていないところに真理がある」と考える宗派もあります。生物として考えれば、その種が生き続けていく真理は、決して言葉ではない、と考えることが当然の真理です。人間以外は生物は、言葉は持っていないのですから!

彼のウソを見分ける女の第六感!

 男女が平等(すべての個人が身分・性別などと無関係に等しい人格的価値を有する)であることが強く叫ばれています。しかし、平等より公平(かたよることなく,すべてを同等に扱う)といったほうが、なんとなくしっくりします。年のせいなのでしょうか。男女だけでなく、個々人についても、それぞれ違いがあり、その違いを知った上で、接することも大事なのではないのでしょう!

過去の思い込みの思考を見る!

 能力主義の時代は、自己中心的で能力が優れている人が成功する。日本では戦国時代がその典型である。しかし、この能力主義の時代は、戦が多く、災害や疫病の蔓延する時代でもある。その原因は、生命体が生き残るためには、「助け合い」の性質が一番重要で、原生生物の粘菌ですら、環境変化で生命が危険な状態に陥った場合、同じ遺伝子の細菌が集まり、協力して胞子を作り、自分は死んでしまうが、胞子が生命をつないでいく。
 仏教も、ガンダーラで「生前に人のために助けを行うと、極楽に行くことができる」という考え方を折り込むことで、国際的な宗教に発展したとのこと。大阪商人やその風土を受け継いだ商人の町でも、儲けたお金の多くを、民衆のための事業につぎ込んだ歴史がある。現在は、儲けたお金を民衆のために使おうとしても、株主が大反対するため、それができない社会になってしまった!