厚木 かって養蚕は生活を支えた「蚕影神社」

このエントリーをはてなブックマークに追加

 幕末期の幕臣小栗上野介は、生糸の利益を幕府が独占するという計画も持っていた。生糸というのは、当時の日本にとっては貴重な輸出商品だった。
 明治維新期の日本の近代化は、生糸によって成し遂げられたと言っても過言ではないほどである。
 実は、当時の日本はすでに生糸の生産においては、世界最高水準にあった。江戸時代に出版された養蚕の技術書の中に、『養蚕秘録』というものがある。これをシーボルトが日本から持ち帰り、1848年にはフランス語に翻訳されて出版されている。日本の養蚕技術がそれだけ高かったということである。しかも、幕末にはヨーロッパの生糸産業は振るわなくなっていた。ヨーロッパではフランスが生糸の一大産地だったが、蚕というのは飼うのが非常に難しく、しばしば病気によって不作になることがあった。