尊い人を描くときは必ず光が描かれる! 抽象画を見ることが増えています。 なぜでしょうか? 事実(現実)を見ていない人(見たくない人)が増えているのでしょうか? AIはそのような現実から生まれてきたのでしょうか? 日本では「鳥獣戯画(12~13世紀)」のように、古くから書かれていました。 平安末期から鎌倉時代初期ですので、世の中が荒れ、現実から逃避したくなる時代だったのでしょうね!
自然の循環と再生産の流れの中で生きていた縄文人! 人間を生物として考えた場合、「身の丈に合った暮らし方」は、どんな暮らし方なのでしょうか? そのような視点に立つと、現在の社会の動きに疑問が湧いてきます。 AIに疑問が湧く現在、というより、便利さを求めてきた社会、特に産業革命以降の人間社会、疑問が湧いてきます。 昔は、歩くこと(1日20~30km)はそれほどのことではなかったのですが、今は、その10分の1位になってしまいました。 AIも頭の働きを10分の1位にしてしまうのでしょうか? 人間か「進歩」として考えてきたことは、人類の滅亡を促すことにならないのでしょうか?
やたらに人間の寿命を長くするというのも! 千年以上前の中国では、水銀に摩訶不思議な霊力があると思われていた。 盛期を過ぎた唐皇帝の多くが、短命に終わったのは、道士の作る長生薬金丹を服用したためであり、何時の時代であっても征服者、権力者が陥おちいる、未み来永劫らいえいごう絶対的権力を持ち続けたいと願う欲望に、取り憑かれた結果だった。 今は、「水銀は毒」と知られるようになりましたが、不老不死の研究は行われています。 人間、いつの時代でも、権力者などは不老不死を望むのですね!
江戸は運河だらけの水の都、主な輸送手段であった! 山城お後に行くと、つい「井戸はどこどだろう」と探してしまいます。 人間が生きて行くにはどうしても「水」が必要です。遺跡などに行っても、「水はどこで、なんで運んでいたのだろう」と考えてしまいます。 むかし、都会は住みにくいところだったようです。上水道や下水道が発達し、そおおかがで住みやすいところに変わったようです。 いまでも災害の時、上下水道が使えなくなったとき、やはり都会は住みにくいところになってしまいますね!
「日ぐすり」という言葉があるんですよ! 日本語には、「漢字」「かな」「カタカナ」があります。他の国にはこんな言葉はないようです。 また、聞いていると、同じに聞こえるのですが、状況によって言葉の意味が違います。 また人によって解釈が微妙に違うこともあります。 ある意味、非常に発達した言葉とも受け取れます。 言葉は、「意味の明確さ」を求めて発達したのでしょうが、日本では、自然環境(災害を含めて)が多彩なため、単純な意味の言葉だけでは、難しかったのでしょうか?
「ソメイヨシノ」最初は「吉野桜」で売り出した! サクラ(ソメイヨシノ)の花見の季節がやって来ます。 日本人は花見が好きです。しかもサクラについては「花の散る姿」が好きなようです。 今の日本文化のもとの多くは「室町文化」をもとにしているようです。 支配者の曖昧さが、庶民の文化を生み出すもとにでしょうか? でも、サクラ以外の花は、花が散る姿には興味を持ちませんね!
スペインの諺「幸福は最高の復讐である」! 地域によって違いがあるのですが、日本には、行事(催物)が多いですね。 この行事は、「人々が結束するためのもの」と考えると、都会には行事が少なくなっているようですね。 また、核家族になると、やはり行事が少なくなっていくようです。 災害が増えてくるとその回復には、人々の結束が重要になってきます。今はボランティアを呼ばれ、地域外からの“助け”が主流になってしまいました。 これもある意味、地域の結束が弱くなり、地域外に頼るざるを得なくなったのでしょうね!
小正月に、小豆粥を食べると邪気を追い払う! 正月には「おせち料理」を食べることは定着していますが、小正月(1月15日)に小豆粥を食べることはあまりないようです。 そのためか、「小正月」という言葉はあまり聞くことがありません。 「恵方巻き」は一部の地域から全国に広まりましたが、小正月の「小豆粥(あずきがゆ)」は、ビジネスの上では、それほどの効果が期待できないからでしょうね!
西欧は"罪の文化"、日本は"恥の文化"だと! 日本は「恥の文化」と言われていたのですが、現在の犯罪を見ていると、「恥」はどこかに行ってしまいました。 「恥の文化」は消えてしまったようですね。 以前は、映画やテレビで時代劇が多く、そこから「恥の文化」を学んでいたのでしょうか? 海外ではサムライブームが始まっているようですが、日本では時代劇は増えてきませんね!
大政奉還に驚いたのは、実は「朝廷」! 歴史では、朝廷の金銭問題はそれほど取り上げられないですね。 朝廷の財政状態の推移や、お寺や神社の財政問題、かなり苦しい時代もあったのでしょうね。 苦しい時代を乗り切るための、ビジネス感覚が重要だったのでしょうね。しかし、それらはほとんど語られないですね。 「墓じまい」が高額になっているのも、そのような事情があるのでしょうね!
神功皇后を祀る神社が多い住吉大社! 神功皇后は朝鮮半島絵の出兵で知られています。強かったのですね。 初めて女性の総理大臣が就任しております。やはり強いのでしょうか? そういえば住吉大社などは神功皇后を祀っています。住吉神社系は海の安全を守る神様なのですね。海流の変化の激しい瀬戸内海を航行する技術が素晴らしかったのでしょうね!
招き猫発祥の地「豪徳寺(東京)」! 「縁起」を考える時期が地下図いてきました。有名なのは「招き猫」、でも最近はあまり見ないですね。 でも、七五三では神社で子ども連れで参拝している家族を見掛けます。子どもに対しては、縁起の催しはまだ残っているようです。 正月の食べ物は、その多くが冷凍の「おせち」になっているのでしょうか?
千年の木は、柱になってもさらに千年、生きる! オーバーツーリズムで、京都や奈良の修学旅行が難しくなってきています。 日本の古い木造建築を見るチャンスが失われています、しかし、京都や奈良以外にも古い木造建築があるのですが、なかなか集中した場所にはありません。 鎌倉も神社仏閣は多いのですが、国宝の建物はあまりありません(観光客は増えているのですが)。 大人になれば、少し離れていても、あちこち尋ねることが出来るのですが!
「倭冠」は日本人の海賊集団? 「海賊」という意味は、①襲って財貨を強奪する盗賊、②水軍(水上の軍隊)の異称、と辞書にあります。 倭寇は襲って財貨を強奪する盗賊のようですね。 一方、中世の村上水軍などは、普段は水先案内(村上水軍のいた今の「しまなみ海道」あたりは、瀬戸内海の中央で、干満の差が3m以上あり、干潮や満潮の時間帯を除くと、潮の流れが速く、海底の岩が船底に当たるか、また、どこが本州なのか島なのか、分からないので、水先案内が必要でした。 ただ、戦になると傭兵として利益を得る集団でした。いわゆる比叡山などの僧兵と同じような立場だったのでしょう!
「お月見」一年に二回する習慣があるのは日本だけ! 冬になると、見通しの良い時期が続くので、「星見」に移っていくのでしょうか? 見通しの良い夜に、空を眺めていると、心の雑念も晴れてきますね。 春の種まき・夏の手入れ・秋の収穫までは、仕事がいそがしいので、秋が終わり頃になると、やっと心に余裕ができ、また、雑念もでき、心を晴れやかにする必要があったのでしょうか。 春が来るまでは、夜空を楽しむことが出来ますね!
「お月見」一年に二回する習慣があるのは日本だけ! 冬になると、見通しの良い時期が続くので、「星見」に移っていくのでしょうか? 見通しの良い夜に、空を眺めていると、心の雑念も晴れてきますね。 春の種まき・夏の手入れ・秋の収穫までは、仕事がいそがしいので、秋が終わり頃になると、やっと心に余裕ができ、また、雑念もでき、心を晴れやかにする必要があったのでしょうか。 春が来るまでは、夜空を楽しむことが出来ますね!
地蔵人気は、平安時代、地獄の恐怖心が強くなったことで! お寺の入口や道端で見掛ける地蔵菩薩。閻魔大王の裁きで地獄に落ちないように救ってくれる地蔵菩薩。 平安時代に、富士山の延暦大噴火(800年頃~)と貞観大噴火(864年~)が代表的ですが、この恐怖に対し地蔵信仰が盛んになったとのこと。 いま、富士山の噴火が起こるのではないか、すると、電子機器が障害を受け、交通機関だけでなく情報社会も壊滅的な障害を受けるのではないか? との恐怖心が起きても致し方ない時代になっています。 なにか救いの菩薩が現れるのでしょうか?
鎌倉 深山幽谷の山寺といった風情がある「浄智寺」 最近のイスラムの行動を見ていると、なんとなく「ヒトラーがユダヤ人に対し異常な人種的偏見を抱いた」のが、分からないでもないような気がしてきました。 ユダヤの格言『一度に海を作ろうと思ってはならない。まず小川からつくらねければならない』は、そうでないため格言になっているのだろうか、と思ってしまいます。 一神教の国々は過激になりやすいようですね。多神教の国でも戦争の歴史はありますが、一神教の国よりは少ないのでしょうか!
桃太郎は、イヌ(信頼)・サル(知恵)・キジ(情報)を連れて鬼退治に! 桃太郎の伝説、吉備の国(第四十一代持統天皇の時、吉備の国は備前・微衷・備後・美作:主に現在の岡山県と広島県東部)の伝説です。 意外と知られていないのが、「鬼を殺したりしません。悪いことは悪いときちんと教えるけれど、反省したら許しています」。 日本の文化の基本に、このような考え方が根づいていたのですね!
河童の原型は太古から、明確なイメージが誕生したのは近世! カッパは想像上の生き物ですが、太古の時代からいたようです。 水は人間にとって(作物にとって)非常に大事なもの、しかし、災いも起こします。この災いがカッパを生んだのでしょうか? 日本、とくに関西から西はそれほど大きな川が少なく、まだよかったのでしょうが、東日本は大きな川があり、大災害も多かったのでしょうね。 でも、中国ほどの大河はなかったので、竜までは生まれませんでしたね!