江戸時代には「恩送り」という言葉があった!

 今年(2026年)は水害の被害が多いですね。
 日本では、水は大事にしている部分もありますが、そうでもない部分もあります。
 瀬戸内のように夏場、水に困る地域では断水もあり、水を大事にしている地域ですが、断水の経験がない人達は、平気で高層住宅に住むようになっています。
 水道水をそのまま飲むことができる国は、今でも十数ヵ国しかないようです。そのためか縄文時代のように、長く平和に暮らす風土ができたのでしょうか。
 縄文のような時代が続くと、助け合いの社会が長く、広く続くのでしょうね!

七福神のなかで唯一の女性、弁天(弁財天、弁才天)!

 ヒチ副神の中で唯一の女性の神様「弁財天」。そういえば、縄文時代は女性がボス的な存在だったという話もあります。
 一神教では男性が神様のようです。
 日本では、戦国時代の前までは、かなり女性が強かったようです。
 子孫を残すため重要な立場であった女性。重要視されるのは平和の時代では当たり前なのですが、日本だけなのでしょうか?

神社にお参りするときの参拝の作法!

 日本の神社は自然に関わるところが多いですね。
 自然信仰は、人間信仰を基礎とするヨーロッパ民族に較べ、地球の温暖化に不安を強く感じるようですね。
 パリなど温暖化で多くの人が亡くなっていることの不安感より、日本の気象の変化に、日本人は強く不安感を感じているのではないでしょうか。 
 「神頼み」は、この気候変動で強くなっていくのでしょうか?

太陽神の不在は、世界に災いを引き起こす!

 古代エジプトでは、太陽神を崇拝していました。それは、また「太陽が昇る」ことから、再生を願う文化か生まれたのでしょうか。
 それが中国に見られる「不老不死」の文化につながったのでしょうか?
 中国の唐の時代には、水銀が不老不死の薬として利用されていたようです。
 一方、月を崇拝する文化もありました。シルクローでは昼間歩くとかなり暑いようです。そのため、月が見える時間に歩いていたのでしょうか?
 また、海洋民族も月を崇拝していたのでしょうか? 海の潮の満ち引きは、月の動きによって決まります。瀬戸内海の中央部では、満潮と干潮の嵯峨3m以上あり、潮の流れも違ってきます。
 そういえば、日本で一番古い物語として「竹取物語」がありますが、かぐや姫が月に帰るとき、不老不死の薬を帝に渡したところ、帝はその薬を富士山に捨てたとか!

日本中で神さまが誕生する大祭の日!

 夏になると、神社のお祭りが多くなってきます。最近は温暖化のため、日程を変えるところも出ているようです。
 お祭りの場所は、できればクルマが通らないところがよいのですが、そうもいきませんね。
 しかし、商店街などでクルマが通らない道があると、お祭りが盛んですね。
 商店街と並行する道があり、普段から歩行者専用の時間帯があると、にぎやかな祭になりますね。
 ところで、昔の人に比べ現代人は体力が落ちています。今の体力に合わせていかないと、けが人など事故が起きやすいので、今の体力に合うように、祭りも変化していく必要があるのでしょうね!

尊い人を描くときは必ず光が描かれる!

 抽象画を見ることが増えています。
 なぜでしょうか?
 事実(現実)を見ていない人(見たくない人)が増えているのでしょうか?
 AIはそのような現実から生まれてきたのでしょうか?
 日本では「鳥獣戯画(12~13世紀)」のように、古くから書かれていました。
 平安末期から鎌倉時代初期ですので、世の中が荒れ、現実から逃避したくなる時代だったのでしょうね!

自然の循環と再生産の流れの中で生きていた縄文人!

 人間を生物として考えた場合、「身の丈に合った暮らし方」は、どんな暮らし方なのでしょうか?
 そのような視点に立つと、現在の社会の動きに疑問が湧いてきます。
 AIに疑問が湧く現在、というより、便利さを求めてきた社会、特に産業革命以降の人間社会、疑問が湧いてきます。
 昔は、歩くこと(1日20~30km)はそれほどのことではなかったのですが、今は、その10分の1位になってしまいました。
 AIも頭の働きを10分の1位にしてしまうのでしょうか?
 人間か「進歩」として考えてきたことは、人類の滅亡を促すことにならないのでしょうか?

やたらに人間の寿命を長くするというのも!

 千年以上前の中国では、水銀に摩訶不思議な霊力があると思われていた。
 盛期を過ぎた唐皇帝の多くが、短命に終わったのは、道士の作る長生薬金丹を服用したためであり、何時の時代であっても征服者、権力者が陥おちいる、未み来永劫らいえいごう絶対的権力を持ち続けたいと願う欲望に、取り憑かれた結果だった。
 今は、「水銀は毒」と知られるようになりましたが、不老不死の研究は行われています。
 人間、いつの時代でも、権力者などは不老不死を望むのですね!

江戸は運河だらけの水の都、主な輸送手段であった!

 山城お後に行くと、つい「井戸はどこどだろう」と探してしまいます。
 人間が生きて行くにはどうしても「水」が必要です。遺跡などに行っても、「水はどこで、なんで運んでいたのだろう」と考えてしまいます。
 むかし、都会は住みにくいところだったようです。上水道や下水道が発達し、そおおかがで住みやすいところに変わったようです。
 いまでも災害の時、上下水道が使えなくなったとき、やはり都会は住みにくいところになってしまいますね!

「日ぐすり」という言葉があるんですよ!

 日本語には、「漢字」「かな」「カタカナ」があります。他の国にはこんな言葉はないようです。
 また、聞いていると、同じに聞こえるのですが、状況によって言葉の意味が違います。
 また人によって解釈が微妙に違うこともあります。
 ある意味、非常に発達した言葉とも受け取れます。
 言葉は、「意味の明確さ」を求めて発達したのでしょうが、日本では、自然環境(災害を含めて)が多彩なため、単純な意味の言葉だけでは、難しかったのでしょうか?

「ソメイヨシノ」最初は「吉野桜」で売り出した!

 サクラ(ソメイヨシノ)の花見の季節がやって来ます。
 日本人は花見が好きです。しかもサクラについては「花の散る姿」が好きなようです。
 今の日本文化のもとの多くは「室町文化」をもとにしているようです。
 支配者の曖昧さが、庶民の文化を生み出すもとにでしょうか?
 でも、サクラ以外の花は、花が散る姿には興味を持ちませんね!

スペインの諺「幸福は最高の復讐である」!

 地域によって違いがあるのですが、日本には、行事(催物)が多いですね。
 この行事は、「人々が結束するためのもの」と考えると、都会には行事が少なくなっているようですね。
 また、核家族になると、やはり行事が少なくなっていくようです。
 災害が増えてくるとその回復には、人々の結束が重要になってきます。今はボランティアを呼ばれ、地域外からの“助け”が主流になってしまいました。
 これもある意味、地域の結束が弱くなり、地域外に頼るざるを得なくなったのでしょうね!

小正月に、小豆粥を食べると邪気を追い払う!

 正月には「おせち料理」を食べることは定着していますが、小正月(1月15日)に小豆粥を食べることはあまりないようです。
 そのためか、「小正月」という言葉はあまり聞くことがありません。
 「恵方巻き」は一部の地域から全国に広まりましたが、小正月の「小豆粥(あずきがゆ)」は、ビジネスの上では、それほどの効果が期待できないからでしょうね!

西欧は"罪の文化"、日本は"恥の文化"だと!

 日本は「恥の文化」と言われていたのですが、現在の犯罪を見ていると、「恥」はどこかに行ってしまいました。
 「恥の文化」は消えてしまったようですね。
 以前は、映画やテレビで時代劇が多く、そこから「恥の文化」を学んでいたのでしょうか?
 海外ではサムライブームが始まっているようですが、日本では時代劇は増えてきませんね!

大政奉還に驚いたのは、実は「朝廷」!

 歴史では、朝廷の金銭問題はそれほど取り上げられないですね。
 朝廷の財政状態の推移や、お寺や神社の財政問題、かなり苦しい時代もあったのでしょうね。
 苦しい時代を乗り切るための、ビジネス感覚が重要だったのでしょうね。しかし、それらはほとんど語られないですね。
 「墓じまい」が高額になっているのも、そのような事情があるのでしょうね!

神功皇后を祀る神社が多い住吉大社!

 神功皇后は朝鮮半島絵の出兵で知られています。強かったのですね。
 初めて女性の総理大臣が就任しております。やはり強いのでしょうか?
 そういえば住吉大社などは神功皇后を祀っています。住吉神社系は海の安全を守る神様なのですね。海流の変化の激しい瀬戸内海を航行する技術が素晴らしかったのでしょうね!

招き猫発祥の地「豪徳寺(東京)」!

 「縁起」を考える時期が地下図いてきました。有名なのは「招き猫」、でも最近はあまり見ないですね。
 でも、七五三では神社で子ども連れで参拝している家族を見掛けます。子どもに対しては、縁起の催しはまだ残っているようです。
 正月の食べ物は、その多くが冷凍の「おせち」になっているのでしょうか?

千年の木は、柱になってもさらに千年、生きる!

 オーバーツーリズムで、京都や奈良の修学旅行が難しくなってきています。
 日本の古い木造建築を見るチャンスが失われています、しかし、京都や奈良以外にも古い木造建築があるのですが、なかなか集中した場所にはありません。
 鎌倉も神社仏閣は多いのですが、国宝の建物はあまりありません(観光客は増えているのですが)。
 大人になれば、少し離れていても、あちこち尋ねることが出来るのですが!

「倭冠」は日本人の海賊集団?

 「海賊」という意味は、①襲って財貨を強奪する盗賊、②水軍(水上の軍隊)の異称、と辞書にあります。
 倭寇は襲って財貨を強奪する盗賊のようですね。
 一方、中世の村上水軍などは、普段は水先案内(村上水軍のいた今の「しまなみ海道」あたりは、瀬戸内海の中央で、干満の差が3m以上あり、干潮や満潮の時間帯を除くと、潮の流れが速く、海底の岩が船底に当たるか、また、どこが本州なのか島なのか、分からないので、水先案内が必要でした。
 ただ、戦になると傭兵として利益を得る集団でした。いわゆる比叡山などの僧兵と同じような立場だったのでしょう!

「お月見」一年に二回する習慣があるのは日本だけ!

 冬になると、見通しの良い時期が続くので、「星見」に移っていくのでしょうか?
 見通しの良い夜に、空を眺めていると、心の雑念も晴れてきますね。
 春の種まき・夏の手入れ・秋の収穫までは、仕事がいそがしいので、秋が終わり頃になると、やっと心に余裕ができ、また、雑念もでき、心を晴れやかにする必要があったのでしょうか。
 春が来るまでは、夜空を楽しむことが出来ますね!