堂々と相手の目を見て話す!

 「目を見て話す」時間の長さが、親密度に影響しているのでしょうか?
 それとも、話す内容に興味があるかどうかの度合いが、影響しているのでしょうか?
 経験上は、ただ一緒に居る時間が長い方が、多くの場合親密度が高いようです。一緒に暮らしている家族がそうですね。ただし、干渉しすぎないこと。
 目を見て話せる相手は、比較的接触の時間が少なくても、気楽にいることが出来るようです!

被災地の方々が極めて冷静で!

 地震災害が増えてきています。それも冬の季節に起きています。温暖化で地球の温度が上がると、冬場に起きるのでしょうか??
 日本においては、災害時は盗難などの犯罪はあまり起きなかったのですが、最近は少しずつ増えてきているようです。
 子供が育つ環境が影響しているのでしょうか。
 昔は、ガキ大将がいて、安全対策がされていない自然の中で遊ぶことが多く、ガキ大将が年下の子供達の安全を守っていました。
 下の子は、そのような行動を見て、いろいろと学んでいました。当事は4、5歳から12、15歳くらいまで一緒に遊ぶこともあり、体力差がかなりある中で、安全を守って遊ぶノウハウがあったようです。
 このような環境で育っていたので、災害で弱っている人達にも、いろいろな配慮が充分に出来ていたのでしょうね!

世間話であろうとも真剣に聞く姿勢で臨む!

 話しをする時、「すれ違い」が時々発生します。相手の話をよく聞いていた時でさえ、発生することがあります。
 特に、男性と女性が話しているのときです。これは、基本的に脳の構造が異なっているためでしょう。
 それと、育った環境の違いでも、すれ違いが発生しているようです。
 例えば、ロシアのように戦争で死ぬことがそれほど苦ではない国です。
 第二次世界大戦では、ソ連軍の戦死者は2700万人から30000万人だったそうです。中国が2000万人位、それに対して日本は300万人位だそうです。日本の10倍の戦死者を出しながら、戦争に対して否定的ではないのです。
 このような風土の違いがあると、なかなか話しが通じないですね!

最も話しにくい相手はどんな人ですか?

 高層のマンションが林立する所に住む子供達、いろいろな人と話したり、人々の行動を見たり、何かしらの接触があるのでしょうか?
 自然などと接触する機会があるのでしょうか?
 他の人、自然とのふれあい、この体験がないと「加減」というものが身につきません。
 都内の高層マンションが林立している地域には、お店も少なく、人が集まる場所も少ないようです。公園があっても、親が危険だと教え、子供が自由に遊ぶことが出来ないようです。
 そのまま大人になってしまうと………!

人は教えを請われることが好き!

 「教わる」ことは何歳になっても重要なこと。歳をとっても、若い人たちからお教わりたいものです。特に技術の変化が激しい現代、若い人たちから、素直に教わりたいものです。
 若い人たちも、核家族化し、子供時代から多くの大人との接触が少なく、教わるチャンスが少なくなっています。
 年配者も、若い人たちも、子供たちも、お互いに教えあう場が広がるといいですね!

まずはほめてから、問題点を指摘!

 ビッグモーターの事件で、改めて「まずはほめてから、問題点を指摘」という原則の大事さを考えました。
 「ほめてから、問題点を指摘する」には、冷静さと、解決の方向性が分かっていないとできません。
 まずは自己研鑽が必要なのですが、生成AIが助けてくれるようになると良いのですが、はやくできるようになってほしいですね!

八方に気をくばるは、さしたる効果はない!

 情報化社会は、「気配り」が重要になるのでしょうか。SNSなどでは、自己主張も簡単にできます。「気配りなどどうでも良い」ということも成り立ちます。偽名も使えますので、より気配りなど考えなくなってしまいます。
 そうであるからこそ、「気配り」が重要なのでしょう。これは、見る側が進化するしかないのでしょうか?

見返りを期待しないこと!

 豊かになったためか、周囲の人達とのつながりが薄くなってきています。また、ビジネス感覚が広く定着したためか、損得だけで物事を考える人もいます。
 しかし、人とのつながりは大事にしたいですね。それには、相手との直接の損得ではなく、社会全体での損得を考えなければならないのでしょうね。
 話しは違いますが、川の水も綺麗になりすぎて、魚や貝の生活環境に影響が出ています。人間もアレルギー持ちの人が増えています。
 ある一面だけ考えての行動は、思いがけない悪影響をおよぼしていることもあるのでしょうね!

人生の本当の姿にふれる!

 経営コンサルタントのように、「建て前」中心でやっていると、普及し始めた「生成AI」に仕事を奪われてしまいます。また、歳をとって仕事を辞めたとき、自分の考え方が狭くなっており、その後の人生も狭くなってしまいます。
 これからは、いかに感性を磨き、それを生かしていくかが、問われてきます。自然に学び、歴史に(主流ではない歴史も)学び、ホンネで付き合える人を見つけ、多様な生き方を見つけることが重要になるのでしょうか!

育つ環境・教養の度合いによる差!

 孤立した人が増えているのでしょうか?
 多様性が受け入れられない社会になっています。
 現在は、1つの正解を求める社会になっています。そのためか、生成AIというものも出来てきました。論理的な思考をする過程で、答えを一つにしようと、情報を整理していきます。その方向から外れた情報は、除外されていきます。
 それは、人に対しても、同じように行われているようです。
 しかし、答えはいくつもあって良いのです。特に日本では「好い加減」が通用していたのですから。
 専門家は、生成AIに置き換わっていくのでしょう。いまから「好い加減」に多様な答えを許容していかないと、答えは1つ、としてきた専門家は、苦しい社会になっていくのかも知れませんね!

なんでもほめる、なんでもほめる!

 ネット社会になると、人に会っても「ほめる」ことが難しくなるのでしょうね。多くの人に合わないと、人それぞれの良いところを見つけにくくなります。
 まして、子供時代から、近所の大人達と話しもしないで育ってくると、様々な人を見分けることも苦手になるのでしょうね!

隠された憎しみは仮面をかぶる!

 核家族になり、都会では、自然の中での体験が減り、周りの人たちとの接触が減り、Netでのやりとりが増え、子ども時代から「加減」というものが身につかなくなくなっている子どもが多いようです。
 この「加減」というものが身についていないと、「Yes」か「No」という選択が中心になり、その間の選択が出来なくなります。
 それに、学校教育も「Yes」か「No」という評価になっているので、状況に応じた「加減」を、体験することが少なくなっているのでしょうね!

相手のことをよく観察し「ほめる」!

 最近ネットの普及で、人を直接観察し、人同士が直接コミュニケーションをとる経験が少なくなりつつあるようです。
 ネットでつながっていることと、直接人同士がつながっていることが、同じと思っている人もいるようです。
 人同士が直接つながりをもつ場合は、相手を「良い」「悪い」で評価せず、「ああ、そうなのか」で止め、評価をしないことが大事だと思います。
 学校教育で、「良い」「悪い」の評価の延長で大人になっているためか、何でも評価してしまうようです。
 しかし、事実は、ありのまま「そうなんだ」で止め、点数づけはしたくないですね。料理もそうですが!

相手のことばかりに気持が向き過ぎてしまう!

 子供の時に「自分」というものを、どのように造っていくか。知識教育だけでは、「自分」というものを造ることは出来ないのでしょう。
 自然を五感で感じ、自分でどのようにその環境(自然)に対応するか、考える経験を積み重ねることが大切なようです。
 ただ、現在は子どもの事故を防ぐため、安全対策がされているため、本当の思考力は身につかないのでしょうが。そうかといって、危険な環境を放置することもできないので、難しいですね!

プラスの言葉が大事!

 親切は、自分のためですね。自分の心が穏やかになります。
 ここ1年あまり、横断歩道での歩行者優先がマスコミに取り上げられていましたが、これを行うと、自分の心が穏やかになります。
 他の人があまり行わない親切を行うと、自分の心の穏やかさもレベルアップします。
 自分の五感をレベルアップし、他の人にプラスになる行いが多くできるようになると、毎日が穏やかな暮らしになりますね!

人づきあいがうまくいかない!

 人づきあいは、難しいと考える人が多いようです。特に何らかの評価をすると難しくなるようです。食べ物でもそうですが、「うまい」とか「まずい」とか、評価するのと同じように、「好き」か、「嫌い」か、で評価すると、人づきあいが難しくなります。
 食べ物の場合、これは「こんな味がするのか」で留めておくのと同じように、「この人はこうなのか」で留めておけば、人づきあいも少しは楽になるのでは、という気もするのですが!

もっと早く言ってくれれば!

 昨今は「我慢が出来ない人」が増えているのでしょうか?
 また、「自己主張をする人」が増えているのでしょうか?
 ネットでの情報発信が手軽に行えるため、自己主張をしたくなるのですが、自分を主張するために、他人を受け入れることが難しくなっているようです。しかも、そのことに自覚がないようです。その典型が参議院の議員の中にもいます(もうすぐ議員資格がなくなるようですが)。
 いまは、他人を受け入れることが少ない人と、協力的な人と、二極化が目立つようになってきているようです!

悪いのはわかっているけれども!

 「自分が悪い」と気づきながら、「悪いのは自分ではない」フリをしてしまうと、それを正当化しようとしなければならなくなります。そして、ますます状況が悪くなっていきます。
 ロシアのプーチンさんもそうなのでしょうか。
 このような資質は、子供時代の親子関係が元にあるのでしょうか?
 子供時代、できれば自然の中で自由に暮らすと、大人になっても自由なこころが育つのでしょうか。
 もしそうなら、地方での8サラ・2農(8割はサラリーマン・2割は農業)生活で、自由な心を持つ人がどんどん増えていくと良いですね!

まず傾聴することに専念すること!

 「自分の思い」を周りの人たちに話すことができるか、また、聞くことが出来るか。
 話すことも、聞くことも、案外難しいことですね。日本では、自分より、社会とのつながりを重視します。そのためか、自分のホンネをあまり話しません。
 それが原因なのでしょうか、匿名でも可能なSNSでは、平気で人を批判することが起きていますね。
 ホンネを話すこと、そのホンネにこだわること、そのホンネを共有する人達としか付き合わない人、外国には多いようですね!

初対面の人に会ったとき!

 初対面の人と会うとき、できるだけ聞くこと。また、その場の雰囲気に注意すること。ときには、言葉で表現されることと、本当の気持ちが異なっていることもあります。
 これは、ネット上でのコミュニケーションの経験では身につきません。それが原因なのでしょうか、犯罪の被害者になってしまうことも起きています。
 できるだけ、幼児期から25歳頃まで、多くの人と直接に接して、言葉だけでなく、雰囲気から気持ちをつかむ技術を、身につける必要があります!