昔からロシア人は辛抱強く気が長い!

 ロシアのウクライナ侵略で、ロシアが勝とうと、負けようと、国民にとっては悲惨な結果しかないことを、どの程度わかっているのでしょうか。
 現在の世の中は、完全を求めすぎ、その姿勢が長くなればなるほど、自分の価値観だけでどんどん深めていってしまい、他の意見・知識を受け入れることができなくなっているようです。
 現代の教育が、一つの答えだけを正しいとする傾向があり、視野を狭めている傾向があるのでしょう。
 まだ電機冷蔵庫がない時代、小学校の教科書で「新鮮な魚の見分け方」で、魚の「目を見る」とか、「エラを見る」とか書かれていました。しかし、私の育った地域では、「魚にさわって動くかどうか」、いか・たこは「吸盤が吸いつくかどうか」で判断していました。
 正しさは、置かれた環境や状況で変わるものもあります。しっかり状況を観察し、人の意見も良く聞き、判断することが常識になると良いのですが!

質問するときの心構え!

 質問するときの心構えとして、まず「先入観を持たない」で、聞く、見る、聞く、ということでしょうか。
 現在は、学校教育の延長で、「こうあるべきだ(100点主義)」になっている傾向があるので、まずは素直になることが大事なのでしょうね。
 そして、「そうですよね」のように、相手を肯定する(否定しない)ことが大事なのでしょう!
 自己主張をすることは、それが完璧(厳格)であればあるほど、不幸な結果になることが多いようです。
 これは、子育てでも、政治でも、同じようですね!

年齢とともに自分の美学をもつべきだ!

 老年期になったとき、このときほど視野を広げたいもの。仕事を離れたのですから、新しいもの、違った見方が出来る自由を手に入れたのですから。
 自分が習得してきた知識に執着していると、新しい分野の情報が入らなくなります。いわゆる「頑固(他人の意見を聞こうとせず,かたくなに自分の考えや態度などを守ること)」になります。しかも、忘れることが多くなってくると、より視野が狭くなります。
 自分が手に入れた経験や知識を、いろぴろな人々に提供し、その過程で接する人々から、新しい情報を手に入れることが出来れば、異なった視点が生まれてくるのですが!

自分を自慢気に語る人はまだまだ未熟!

 日本では「本当の美しさは、不完全を心の中で完成した人だけが、見いだすことが出来る」という未完の美学があります。
 自らの内的世界に耳を澄ませることができれば、人の意見を素直に聞くことが出来、「完全」ということの危うさに気がつくことが出来ます。
 聖徳太子の「十七条憲法」の最後に、「物事は独断で行ってはならない。必ず皆で適切に議論しなくてはならない。(とはいえ)些細な案件に関しては必ずしも皆で議論する必要は無いが、重大な案件については判断に過失・誤りが無いか疑い、慎重にならなくてはいけないので、皆で議論する必要があるし、そうしていれば(自ずと)道理に適った結論を得ることができる。」と、付け加えています。
 このとき、既に完成の美学に疑問を抱いていたのですね。テレビに出てくる専門家の意見は意見として、三猿の「見ざる、言わざる、聞かざる」の真逆の、「見てご猿、言うてご猿、聞いてご猿」で、世の中の正しいことを「よく見よう」「よく言おう」「よく聞こう」と、常に自分の未熟さを意識していたいものです!!

電気代はこまめな節約が大差を生む!

 ロシアのウクライナ攻撃にのため、電気代にも影響が出ています。現在は外国との取り引きが一般化しているので、致し方ないですね。この際、思い切ってもっと節電に取り組んでみませんか。
 戦争があってもなくれも、地球の温暖化への対応が求められています。電気の節約はどうしても取り組まなければなりません。世の中の変化を冷静に受け止め、工夫していくしかないのでしょう!

無意識に子供にしがみついている場合がある!

 子どもに対する家庭内暴力のニュースが頻繁に放送されるようになりました。親の子育ての歴史はそれほど長くないのかも知れません。
 というのは、核家族で生活する人が多くなったのは比較的最近のことです。また、地域の繋がりがあまり見られなくなったのも、それほど昔ではありません。
 むかしは、祖母祖父や地域が子育てに多く関わっていました。両親だけで子育てをする場面は、それほどありませんでした。
 子どもにとっては、出来るだけ多くの大人達と関わりながら、大きくなっていく経験が、大きな財産になり、自分の子育ても、条件さえ整えば、同じような環境で子育てをするようになるのでしょう!

社会主義は、希望から、現実になったが!

 社会主義の理想は、やはり理想だったのですね。やはり「完璧は災いの元」なのですね。完璧を目指すと。思考の幅が狭くなり、他の考え方を排除してしまいます。結果的に多様性を失い、人々は「見ざる、言わざる、聞かざる」になり、自ら思考することを忘れ、言いなりの社会になってしまいます。
 「見ざる、言わざる、聞かざる」の真逆、「見てご猿、言うてご猿、聞いてご猿」で、世の中の正しいことを「よく見よう」「よく言おう」「よく聞こう」という姿勢で、社会の変化をよく見極めて、変化に対応したいものですね!

悲しみを我慢すれば心の成長に歯止めが!

 泣くことはストレスを和らげます。また、笑うとエネルギーを高めます。このような感情表現を妨げているものに、「思い込み」や「エゴ」があります。これらが感情の表現をさまたげ、ストレスを蓄積していきます。
 「思い込み」の原点には情報や知識があります。自分の既存の知識の範囲でしか、物事を把握できていません。
 ありのまま、残り洩らさず状況の把握をしていれば、感情の表現が充分出来ることにつながるのでしょう!

笑うから面白くなってくる!

 未開の地に入っていくとき、まず笑顔、これが一番という。敵意がないことを知らせる信号とのこと。ヒトが協力して生きてきたことの背景に、この「笑顔」という機能を手に入れたことがあったのでしょう。そして、歴史が進み、より人がつどうことが多くなってゆき、そして、面白いと笑う、ということになったのでしょう。
 ヒトの原点に帰り、まず「笑う」ができるようになると、世の中が平和になるのでしょうね。ロシアのプーチン大統領には、最近笑顔がないですね!!

子育ての目的は自分1人で生きていけるように!

 ロシアのウクライナ侵攻で、やはり日本人の「平和ボケ」を実感せずにはいられません。ニュースなど見ていると、日本にも経済的な被害があるとのこと。これは戦争があればやむを得ないこと。日本の海外依存が増えてしまった現在、日本も我慢するべきことはでてきます。
 せめて子育てについては、平和ボケは避けたいものですが難しいのでしょう。でも、子育ての基本は、どんな社会情勢になっても「一人で生きていける」が基本なので、ウクライナの状況を見ながら、改めて考えなければならないのですが、どうしても平和ぼけの思考で考えてしまいますね!

会話の中身は距離感で決まってくる!

 それほど親しくない人と、どのくらいの距離で接していますか。以外と90cm以内で話しているときが多いのではないでしょうか。
 この距離間は地域や国によって違うのでしょうか?
 日本人は比較的近距離で接しているのでしょう。そのためか握手などの風習が必要なかったのでしょう。ハグなどは、まずしないですしね。
 日本は個人の主張が強くないので、人同士の間隔もあまり気にかけないですね。この曖昧さ、いいかげん(良い加減)が、うまく機能しているのでしょうね!

目下には自分から声をかける!

 本当に立派な方は、腰が低いですね。中途半端に立派な人は、態度が横柄ですね。なぜなのでしょうか。能力がありながら、小心者なのでしょう。自分が他の人より上に立っていると見せつけないと、気が休まらないのでしょう。このような姿は、今も独裁国家のリーダーに見受けられるようです。
 日本の時代劇で「頭が高い」という言葉を聞くことがあります。この場合、地位は上なのですが、人間的には成長していない人の場面が多いようですね!

サプリメントも薬と同じようなもの!

 人類の歴史から考えると、やはり自然食品が良いのでしょう。人工的に作られてサプリメントは、現在の知識、現在の測定技術で照明できる範囲での効果です。まだ、測定技術が未開発のものは反映できません。まだ、理論が確定していないものは反映できません。
 ただ、多少曖昧なものでも人類は食べてきました。そして、適応してきました。その歴史の中で、当然、犠牲は出ていたのでしょう。そう考えれば、サプリメントも許されるのでしょう。
 でも、やはり自然食品の地産地消が良いのでしょうね。炭酸ガスの発生も少なくて済みますしね!

自分と向き合うのはとても難しい!!

 「冷静に自分と向き合う」というものは、なかなか難しいことです。というより、無理なことと言ってもいいほどですね。
 よりよく見ているか、または、より悪くみているか、のどちらかになりやすいですね。
 そのためか、チェックリストのような方法が開発されたのでしょうね。
 ただ、基本的には「ありのままの自分を受け入れる」ことを前提とし、人になにを言われたとしても、「そうゆう見方もあるのか」と冷静に受け止めることが基本なのでしょうね!

成功するには、まず構想を楽観的に描く!

 新しいことをするとき、まずは楽観的に考える。その上で、現状(状況)を漏れなく把握し、緻密に検討する、ということが重要なのでしょう。場合によっては、状況把握に段階で、比較的簡単に取り組めることもあるのでしょう。
 「新しいこと=知らないこと」に取り組む場合、「思い込み」が多くの場合マイナスに作用します。知識や人の意見よりも、現状把握を漏れなくやった上で、新しいことに取り組んだ方が良いようです。こんな場合、自然の中で遊んだ経験や、自然観察の経験はきっと役に立つのでしょう。
 最初から悲観的に考えてしまうと、現状把握のとき、悲観的な情報のみ集めてしまうことにつながり、より困難な取り組みになってしまうことになります!

上手くいかない原因を自分の中に!

 小心者(気の小さい、臆病な人)と言われる人がいます。この小心者の中に、うだつの上がらない人と、そうでない人がおられます。優秀な小心者は、臆病であるが故に、過剰な防衛に走りやすいのでしょう。そのためか独裁者の多くは、小心者のようです。ソ連にしろ中国にしろ、自己防衛のための過剰な防衛が目につきますね。それが独裁につながっていくのでしょう。しかし、多くの独裁者は、悲惨な最期になっているようです。優秀な小心者は、注意を!

肥満は自己管理ができない証拠?

 肥満は、生活習慣病とは言い切れないとか。「過剰なストレス→脳疲労→五感(味覚)異常→行動異常→肥満」で説明できるという。
 現在、肥満対策として多くの健康食品が販売されています。もともと人類は食料を入手することに苦労し、いろいろなものを料理することで、食糧危機を乗り越え、住むエリアを拡大してきました。しかしそれでも、最近の現在の日本のように豊かな食糧事情を手に入れることはできませんでした。
 その日本ですら、太平洋戦争後の食糧事情は厳しかったのです。庭を畑にし少しでも食料を手に入れ、また、金目のものを持って農家に出向き、食料と交換していた時代が70年ほど前にはありました。
 その状態から抜け出し、半世紀ほど過ぎると、食糧事情が良くなると同時に、大量の情報に接し、ストレスが増え、そのためか肥満が問題になってきました。
 そう言えばテレビで放送されている「ポツンと一軒家」では、肥満な人は見かけないですね。何かヒントがありそうですね!

細胞内でエネルギーを供給するしくみ!

細胞内でエネルギーを供給するしくみ!

 自分達のからだのエネルギー消費量は、百万年以上もほとんど変化がないのに、生活で使用する消費エネルギーは、比較できないほど増えているのでしょう。
 自給率が低い日本の生活エネルギー問題、やっかいですね。しかし、現状の生活スタイルを大きく変えてまでは対応しようとしていません。というより、そこまでは対応できませんね。
 いま、江戸時代の生活スタイルをやってほしいといわれても、その生活スタイルすらよくわかりません。しかし、1950年代後半の三種の神器と言われた電化製品の利用が始まった生活スタイルなら、まだ経験者もいますので、なんとかなりそうです。
 物流も含めて、もし現在の技術で1950年代後半の生活スタイルを行った場合、現代とどれほどエネルギー消費に差が出るのでしょうか?

「キレる」とは、いったい何だろう?

 「キレる」人がいます。でも最近の犯罪を見ていると、キレ方が昔と違ってきているようです。
 ところで、昔と大きく違ってきたことは、情報の量です。それも桁違いというか、百倍、千倍、万倍といった増え方です。
 この増え方に、ヒトの脳は免疫がありません。情報処理に対する脳内物質の分泌が、まだ適正に行われる状態に至っていないと思われます。
 人によっての違いはあるのでしょうが、表に現れる現象は、変化に気がつかないものもありますが、中には極端なものも出てきますね。
 極端ではないにしろ、じわじわとストレスにつながっているものも、数多くあるのでしょうね!

周りの人から嫌われる傾向の人!

 社会には、一人でする仕事と、複数の人でする仕事があります。画家や作家、伝統工芸の職人など、一人で完結する仕事では、市場を意識した上で、個人の能力発揮だけでも、それほど問題はありません。しかし、そのスタイルで組織の中で仕事をしてしまうと、浮き上がってしまいます。
 スポーツでも、個人競技と団体競技があります。団体競技で能力がある選手は、まわりの選手の個人個人の特性を把握し合い、お互いにそれぞれの選手の能力を生かす方法を選択します。
 強いチームを見ていると、ときどき笑顔を見ることがあります。チーム(グループ)で活動するとき、笑顔がそのチームの能力を引き出す秘訣のようですね!