自分しか見えない「自己中」!

 現在の都会は、能力主義を基本としているため、自己中心思考の人が集まりやすく、どのような場面でも「自分は正しい」ということを基本にして、自分の能力を発揮しようとします。疫病蔓延や災害時には、このような人々に、行動を変えてもらうのはやっかいですね。その人たちに異なった意見を分かってもらうには、現状認識を正確にやってもらう工夫をするしかないのでしょうね。もしかしたら、「自己中心の人達が、人類の生き残りの障害になる」ため、疫病を蔓延させてきたのでしょうか? 極端ですが!

道に迷うことも歩く楽しみ!

 自然が多くあるところで育つと、周囲の状況に敏感になるようです、大人になって街中を歩いていても、周囲の状況を皮膚で感じて楽しんで歩くようです。「皮膚感覚」という言葉があります。この感覚は生物が古くから持つ感覚で、人間で言えば「第六感」というものに相当するのでしょう。脳で判断する前に、皮膚感覚で判断しているようです。危険を感じたとき、脳が危険と判断する前に、第六感で、その危険を回避する感覚です。無意識に皮膚で周りを感じることは、重要な感覚ですね!

社会に出てからは学びの質を変えること!

 定年退職後は、特に学びの質を変えなければなりません。組織の中で身についた思考を続けていると、いわゆる“老害”という状態になりかねません。定年後、年月がたつにつれ、ひどくなっていきかねません。過去に蓄積した“思い込み”を捨てるためには、まずは学ぶこと、それも、「学びの質を変える」ことが必要です。たた注意しなければならないことは、定年になってからでは少し遅いようです。少なくとも、定年の五年前から、できれば十年前から学びの質を変える準備が必要だと思います!

うるおいに満ちた精神性!

 日本の風土の基本に、「相手を思いやる」ということがあります。災害が多く、大小の争いも西日本(琵琶湖周辺以西)では数多くあったためか、庶民か生き残っていくために「相手を思いやる」ことが大事になったのでしょう。いくさでは、武士が農民たちから食料を略奪し、京都の昇ると織田信長のように、無理矢理に米を庶民に貸し付けて三割もの利息をとるなど、庶民たちはお互いに助け合わないと生き残れなかったのでしょう。新コロナで緊急事態解除が首都圏で予定されています。この地域の風土は、他の地域に比べて助け合いが弱く、能力主義で自己中心の人が集まっているため、再度コロナ蔓延の心配がありますね!

文化のことは自然に任すのが一番!

 日本の文化は、歴史を尊重しながら、新しいもののなかから、受け入れられるもの、そうでないものを見極め、協力しながら風土を造り上げてきました。年配の人の多くは、日本人は単一民族、と思っている人が多いと思います。しかし、実際には多くの人種の遺伝子を持っているようです。異なる人々が、災害が多発する環境で、協力しながら生き延びていくことで、現在の私たちが生存しているのでしょう。ただ残念なことに、新コロナ伝染の状況を見ていると、その風土が首都圏では、弱体化していっている気がしています。自己中の人が多くなっています!

自分は冷静だ、騙されるほどバカではない!

 詐欺が横行する社会になっています。それも災害が多発し、お互いの助け合いが必要な時期にです。人間が生存し続けることができたのは、なにも求めることなく、「助けっぱなし」ができたからだと考えられます。災害が多発する日本では、四国路での「おせったい」のように、見返りを求めない、見返りの意識すらない、助け合いが、生存に大きく関係していたのでしょう。能力主義の時代では、自分の利益が中心になり、「未来に何かを残す」という発想は消えてしまいます。災害や疫病などで、物資が不足し、独占したり、奪い合いで戦争になったり、人類の生存にとって、危機的な状況が起きやすくなるようです!

平気で身勝手なことをしている人!

 戦国時代のような能力重視の時代(現代もそうですが)では、自己中の人も能力が発揮できるようです。織田信長や豊臣秀吉は、“未来に何か残そう”と考えていたのでしょうか? 詳しくないのでよく分かりませんが、“現在”にしか興味がなかったような印象です。能力重視の風土を持った国々でも、成功する人は、自己中で優秀な人達なのでしょう。ただの優秀な人は、学者や研究者になっているのでしょうか?

潮干狩りは三月はじめの巳の日に!

 温暖化や河川の清浄化の行き過ぎで、アサリの生息域が少なくなっているようです。以前の生息環境に戻すことが必要なのですが、それもなかなかうまくいきません。現在の環境で生活できる生物を受け入れた方がよいのでしょうか? 江戸時代、富士山が噴火したとき、神奈川県の西部の秦野では火山灰が数十cm積もったため、今までの野菜が収穫できなくなりました。そこで、行者さんが指導してタバコを植えるようになったとか。やはり、環境の変化に応じて工夫していくしかないのでしょう!

自分自身と「競争」する!

 新コロナの伝染での社会の変化にうまくついて行く人は何パーセントくらいなのでしょうか? 回りが変化の状況を正確に(思い込みなしに)把握し、現在の自分も正確に把握し、やれることを見つけ、実行に移すことができる人。学校での学びでだけは社会の変化にはついていけません。ただ、幸いなことに、劇的な社会変化にはならないのでしょう。
 日本は、四季があり、自然災害があり、地域風土の違いもあり、日常的にある程度の変化に、ごく普通に対応できています。このように変化が日常的にある環境は、ある程度の社会変化にも対応できるのでしょう!

本当に愛しているのでしょうか?

 国会で、菅総理の息子の接待に関する責任を親(総理)に要求していますが、国会議員は、法律を担当する立場にあり、親の責任を問うなら「どのような法律を作るつもりか」を審議してほしいものです。異常な犯罪が増えていますが、その犯罪者の「親の責任」に対して、法律をどうするのか、考えているのでしょうか? ただ、票を集めるだけの批判なら、週刊誌を利用する策を考えればよいのではないのでしょうか。また、ネットでの誹謗中傷(根拠のない悪口を言い広め,その人の人格や名誉を傷つけること)についても、裁判では親の責任(損害賠償)を問われることはありません。統計学的・科学的に「子育て」について、親の責任が明確になった場合、どのようにしたらよいのでしょうか?

「できないに決まっている」という思い込み!

 「思い込み」には気をつける必要があります。特に、一神教の社会では多彩な考え方の受入が難しいようです。アメリカ大統領のトランプ氏が選挙の時に、「選挙に不正があって実際は俺が当選してるんだ」という情報を流した。トランプの支持者たちは、「トランプが選挙に負けることははずがない」と思い込んでいるため、「選挙に不正があるかどうあるか」は関係なく、自分の思い込みを正当化する情報を信じている、ということだそうです!

プラスの感情でさえ穏やかな心を失うことに!

 人と接するとき、“相手に合わせるか”、“自分のままでいるか”、無意識に使い分けているのでしょうね。そんなことをしなくてもよい「自分」ができるとよいですね。ついつい置かれている状況に合わせて行きますね。それが世間での付き合い方ですからね。ただ、それが大きな負担になり、外に出ることが苦手になっている人もいます。「自分を造り上げる」には、長い時間と鋭敏な観察力を鍛えたえ上で、多彩な考え方を理解していく必要があるようです!

リスクに強くなるしかないだろう!

 自然災害や異常な犯罪が増えてきています。このようなリスクは、なかなか避けることは難しいリスクです。リスクに遭遇したときに、そのリスクへの対処する方法を準備しておくことが必要です。ただ、想定外のリスクも起きてしまうため、なかなかやっかいですね。いわゆる災害の知識も大事ですが、生物としての本来の“カン”を磨いていくことも大切です。自然の中で、周囲のいろいろな情報を五感と通して、“第六感”を磨くしかないのでしょう!

体の毒を出して体を守るのが厄年!

 陰陽道は、「陽」と「陰」という視点から、バランスをとって物事を見ていこうともいえます。思い込み・固定観念で物事を見ることの危険性を予知していたのですね。「無」という考え方も、同じような考え方なのでしょう。学問は、多くの「固定観念」を生み出してしまいます。一神教も同じように「思い込み」を生み出しているのでしょう。もしかしたら、AIも同じ道をたどる危険性があるのでしょうか?

江戸時代は1日3万歩いていた!

 江戸時代には3万歩も歩いていたのですね。それも舗装などない悪い道を歩いていたのですね。昔は峠道が多く(メンテナンスが楽なため)、上り下りが多く、大変だったのでしょう。歩くには、筋肉も大事ですが、バランス力がもっと大事だったのでしょう。現在は、とぼとぼ歩きの人が多く、太ももから下しか使っていない人を多く見かけます。坂道の多い町では、腰を使って歩いている人を見かけます。登り降りの道や長距離を歩く人は、腰の筋肉を使って足を前に出し、太ももの筋肉で足を上げているように見えます。そのほうが疲れても歩き続けられるようです!

まずチャンスのある仕事からやってみる!

 「きっかけ」とは、刀で切りつけるタイミングがもとになっているとのこと。鋭敏な注意力が必要だったのですね。その注意力がなければ、チャンスの多くを見逃して、自分が危険になるのですね。日常、のんびりと過ごしていたので、多くのチャンスの「きっかけ」を見逃していたのですね。今のように、伝染病の蔓延で社会が大きく変わろうとしているときは、鋭敏な注意力を持っていないと、チャンスを見逃してしまうのでしょうね!

いろいろな考えの人がいるもの!

 「いろいろな考え」に対応するには、厖大な知識が必要です。いまはNETでの検索ができるため、昔に比べれば多少は便利になっています。しかし、NET検索は自分の都合の良い情報を検索してしまい、より“思い込み”、”固定観念”を強くしてしまうところがあります。すると「いろいろな考え」をますます受け入れられなくなってしまいます。やっかいですね!

感謝の心をもって接するように努力!

 感謝の心は、「ありがとう」などの言葉にしないとなかなか伝わりません。関西や西日本では「ありがとう」という言葉をよく聞きます。バスの運転手さんや、役所の窓口などでも聞きます。しかし、関東ではあまり聞きません。「ありがとう」を口にしていると、いつの間にか周りに対して感謝の気持ちが生まれてきます。何気ないことでもいつも「ありがとう」と言いたいものです!

これ以上マイナスにならないように!

 なかなか解決策(答え)が見つからないとき、散歩をしたりして、気分転換をすると良いとされています。でも、昼間から寝る前まで、あまり深く考え過ぎずに考え事をしていると、寝ながら解決策が浮かんでくることがあります。それも、起きているときにはなかなか思いつかなかった答えが浮かんできます。おそらく、寝ている間は、先入観や思い込みから解放されているからなのでしょう。こうなると楽ですね!

女性の井戸端会議は必要!

 妻田薬師、正しくは、西隣にある遍照院というお寺の薬師堂です。
 伝説によれば、本尊の薬師像は聖徳太子によって造られたといわれています。お堂がいつごろ建てられたのかはわかりませんが、室町時代の末には信仰を集めていたようです。
 薬師堂のある地名は、白根といいます。言い伝えによれば、良(ろう)弁(べん)という僧がお堂で休んでいて夢を見ました。東の方を見ると、庭の大楠が灯籠になり、お堂は昼のように明るくなりました。良弁が身を清めようとして池の側へ行くと、一夜のうちに蓮の花が咲いて、白い根が池一面に広がりました。そこでこの地を白根と呼ぶようになったそうです。