人工的な環境にいるから!

 環境の変化に適応してこそ、生物は生き残ることができます。植物は移動できませんが、その細胞には環境さえ良ければ寿命がないようです。動物は自分に適した環境を求めて移動ができます。恐竜の子孫である鳥類は、飛ぶことができるため、より自分に適した環境で暮らすことができます。そのてめ、8千万年かけて恐竜から進化し、生き残っているのでしょう。ヒト属はおよそ200万年から進化してきたので、鳥類に比べれば、40倍も古い時代から生き残っているのですね!

白人たちが天然痘をインディアン散らした!

 伝染病が流行りだし、それに対する危機意識が問題になっています。こんな事態になって、やっと「平和ボケ(戦争時に自分の命を守る意識の欠如)」と「伝染病に対する危機意識は同じようなもの」と思うようになりました。やはり、安全な環境で育っていると、危機意識も育たないのですね。公園などの遊び場も、安全になりすぎ、人しか通れないような狭い道もほとんど舗装され、平地に多くの人が住み、鉄条網など見ることもなく、危険は少なくなってしまいましたね。「危険ボケ」は種の保存にとっては「無謀」なのでしょうか?

友人はひとりでにやっては来ない!

 「友達を作ろう」と思っていると、なかなかできないものですね。自分の”ありのまま”で、人と接していると、友達が出来てきます。自分が演技していると、友達が出来たと思っていても、つきあいは短いものです。しかし、情報化時代、”ありのまま”で生活することが、昔よりは難しくなっているのでしょうか?

ライバル意識の本質は嫉妬にある!

 嫉妬心は、「自分の中で、どのようにしてメリットにつなげられるか」ということのようですね。嫉妬心が、自分の外に出てしまうと、なかなか困った問題を引き落としてしまいます。自分の中で、メリットにできた人は、充実した人生になっていくのでしょうね。年齢に関係なく、そのようにしたいものですね!

ぬるいお風呂に入ったほうがいい!

 昔の話しですが、福島市の微温湯温泉(ぬるゆおんせん)は約33度、これは少し温度が低いのですが、上田市の霊泉寺温泉は約36℃(旧源泉)で、湯口付近では長く入ることが出来ました。暑い温泉が多いのですが、ぬるい温泉にのんびり浸かっていると、体だけでなく、こころも回復します。30年ほど前の温泉ブームからは、ひなびた温泉でも込むようになりました。でも温泉は、こころも、からだも、いやしてくれますね!

「縁起をかついでしまう」いいことですね!

 悪い出来事が社会に大きな影響を与えたとき、お参りするところ(神社)をつくり、神様を勧請し、お祀りをすることで、何とか乗り切って来た歴史があります。このような行いをすることで、多くの人が社会のルールを守り、乗り越えることが出来たのでしょう。昔からの商人の街では、「法律は最低のマナーだ、商人としてのマナーは、もっと上のマナーを身につけなければ……」というルールがありました。法律より上のマナーが、長く商売が続くという幸運をもたらすことを大事にしていたのでしょう!

テレビドラマの視聴率アップ!

 水戸黄門の印籠の場面は、葵の紋(徳川家)の印籠をかざすと、悪いことをしていた者どもが一斉にひざまづく、という場面です。つまり「権力には逆らいません」ということ。しかし江戸時代の大阪では、役人の言うことを聞いているふりをしながら、自分たちの考えることをやろうとしていました。そのためか「必殺仕置人」のように、「自分で何とかしよう」というほうが好みなのでしょう。新コロナ対策でも、「政府にいろいろと命令を出して欲しい」という地域と、「自分たちでなんとかしなければ」という地域があるようです。東京と隣接の三県は、水戸黄門の印籠を望んでいるのでしょうね!

日本の気象は変化が急で複雑!

 最近は、寒くなったと思えば温かくなったり、変化が激しいですね。温暖化に伴う変動の激しさなのでしょうが、温暖化と言われれば、どうも世界的なもので、日本だけではどうしようもない、と思ってしまいます。50年前の日本のエネルギー消費量と今を比べれば、5倍程度になっているようです。自分の家の電気の使用量を(他のエネルキーも)5分の1にして、一週間暮らせるでしょうか? 難しいですね。私たちは少しの努力をしていったとして、どこにたどりついて行くのでしょうか?

良い夢を見よう!

 良い年になる夢を見られるとよいのですが、疫病の広がりが気になっていると、なかなか難しいのでしょうね。でも、社会が変化するときには、良い夢を見続けることが大切。昨年はテレワークなどで社会の変化のきざしが見えてきています。また、炭酸ガスの削減が目標になって、これも社会の変化のはじまりになります。クルマ社会の見直しは、地産地消が拡大し、平地は農産物の生産場所になり、ゆるい傾斜地が住宅地になると、道路に頼らず、屋外エスカレーターのようなものが(法律の見直しが必要ですが)利用されるときが来るのでしょうか? そのような社会変化が始まると、社会投資が拡大し、新しい働きの場も増えてくるのでしょう!

その月に掃除したいポイントを設定!

 整理(不必要なものを取り除くこと)は出来るようでできないものですね。整頓(物事をすぐ取り出せる状態にすること)のほうが、整理よりはやりやすいようです。整頓の道具はあるのですが、整理は気持ちの切換が必要なため、習慣を変えていかなければ難しいですね。「来年はなんとかしたい」と思いつつ、なかなかできないものですね!

小さな動きから大きな変化を予測すべきだ!

 勘が鋭い人は、自然の中で生き残る可能性が高かったのでしょう。知識がなくても、無意識に安全な行動をとります。たとえば、耳のまわりで、ブンブン音がしたと思われた習慣(スズメバチに出会ったとき)、スーッと姿勢を低くし、低い方向に逃げてい行きました。その結果、スズメバチに襲われませんでした。おそらく、脳がハチの音と判断する直前(鼓膜が震えた瞬間)、危険を察知し、どうすることが安全なのか、考える間もなく、行動できたのでしょう。頭で考える以前に、適切な行動がとれる能力があると良いですね!

子ども時代の自立トレーニングは「けんか」!

 子どもでも大人でも、自立した人は、自分が置かれた状況の中で、冷静に「考える」ことが出来て初めて自立できるものです。動物が子どもを自立させるとき、「これからは自分で考えていきなさい」という環境に追いやることです。”勇気”を持ってその環境に入っていく子、また、”臆病”ながらその環境に入っていく子、それぞれいることでしょう。勇気がある子が生き残るか、臆病な子が生き残るか、置かれている環境で違ってくるのでしょう。人間であれば、現在の疫病流行時には、臆病な方が生き残る確率が高いのかも知れません。勇気を持って北海道開拓や、都会での成功を目指した人達は、疫病には弱いのかも!

生活の中でスタンディングオベーションを!

 日常で「一生懸命やっているな」と感じたら、必ずほめたいものです。「自分には出来ない」と、あるいは、「出来るかも知れないが、ものすごくがんばらないとできない」と感じたら、スタンディングオベーションをするくらいがとよいですね。現在の新コロ感染時代は、医療関係者が一番頑張っています。そのガンバリをほめてあげたいですね。現時点では、医療関係者が一番知識があり、しかも異常を感じたら、素早く検査を受けられる環境にあるので、一般の人に比べると「他人に感染させるリスクが一番低い人達だ」と考えることが正解と考えるべきでしょう。マスコミの報道は、このことをもっと報道してほしいものです!

多くの人に支えられて生きている!

 最近、人間関係を表す言葉として「絆」という表現が多くなっています。それにはどうも違和感があります。絆の語源は「馬の足にからめてしばるひも[漢字源]」です。人を束縛する義理・人情などのたとえです。すこし重すぎる言葉なのですが、東日本の風土では重く感じないのでしょうか? 「人との繋がりを………」という言い方の方が自然に感じるのですが、風土によってかなり違うのですね。

困難にぶつかったとき「どうやって?」に焦点を!

 もう「社会は大きく変わる」と、考えるべき時期に来ているのでしょうか。こんなときは、歴史に学ぶしかないのでしょう。地球温暖化の問題と、新コロナウイルスの問題が重なり、変化せざるを得ないのでしょう。当然、物流に使われるエネルギーも大幅に削減しなければならなくなるため、地産地消になるしかないのでしょう。食べ物が収穫できるところに、住むようになるしかないのです。経済も、社会も、変わっていく時期に入ったようです。いままでの経験が生かせない困難にぶつかってしまいますね!

人は、楽しいから笑うのでしょうか?

 「笑う」と冷却装置が働き、頭に熱い血が行かず、ストレスにも遭わない。イヤなことを言われても、笑えばカーットしないのはこのためか。また、ちょっとイラッーとして、「ありがとう」といえば、怒る気持ちも抑えられますね。大阪など西日本では「ありがとう」ということが多いですね。この風土は、歴史の積み重ねなのでしょう!

自己責任とリスクをとる教育がなされていない!

 「自分で考え、判断する」ということが、なかなかできない時代になったようです。専門家やマスコミなどで、表現はそれほどきつくはないのですが、「指示」が多くなっており、多くの人が「指示待ち」になっています。指示に従うか、従わないか、という判断をしているようです。まわりはどうあれ「自分で考える」ことができなくなてしまったためか、暇な人・忙しくなっている人がおられるのに、そのままで、なかなか良い考えが出てこないですね。指示待ちになれすぎてしまったようです!

「毎日がつまらない」と思う人!

「此処は何なのかしら・・・・?」
 たびたびの崖崩れした墓地。墓石も遺骨も誰のものか判らなくなり、それらを祀るためる石窟を造り、納骨堂にしました。
 閻魔大王が鎮座している石窟の奥が納骨堂になっています。
 明治、大正、昭和と大雨があり、今の延命寺の上の方、頂上まであったお墓が崩れ、現在の形になったようです。
 くり抜かれた岩盤の入り口付近にお地蔵さま、少し奥には閻魔さまがおわせられ、洞窟奥には整然とお墓が並んでいます。

笑って暮らせば!

 「笑い」は健康に良いと、暫く前から言われだしました。笑いに地域性があることが知られていますが、おそらく戦乱や災害、飲み水不足などの、”いのち”に関わる体験を数多く経験しながら、子孫を残してきた地域風土は、「笑い」や「感謝」の気持ちが強く残っていったのでしょう。「ありがとう」という言葉も関西ではよく使っています。ところで、今回の新コロナに対する知事の発言も、東京都大阪ではかなり違いますね!

運を変えたいなら視野を広げよ!

 応神天皇が即位22年(西暦291年)に淡路・播磨・小豆島を経て、尾道の当地に巡幸されたといわれている。海辺に玉子に似たひかり輝く石を御覧になり、亀の形をした小さな丘で休息。当地の里人はこの地に祠を建てて聖地として崇敬したとされている。
 比較的敷地の広い神社です。参道は本通りから続いており、JRと旧国道2号線に分断されています。