弱さを人間関係の武器に!

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 「弱さを武器」にされると対応が厄介ですね。ただ、昨今の、社会への適応が苦手な人達は、弱さを武器にすることができず、自己否定、あるいは、社会否定になってしまうようです。これは、もっと厄介ですね。ネット社会になり、自分の都合の良い情報のみ集め、その情報をもとに、自分の論理を組み立て、厄介な事件を起こす人も出てきてしまいます。真夜中、人に見られないようにして、5寸釘でわら人形を立木に打ち込み、憂さ晴らしをしていた時代の方が、よかったのでしょうか?

無理をすることなく「ありのまま」に!

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 「外界は自分に合うべきだ」と考えるか、「自分を外界に合わせる」と考えるか、という問題。「知識の学習」で常に正解を求めてきた人は、「外界は自分に合うべきだ」と考えやすいのでしょうか。日本では、多彩な自然があり、「常に答えはひとつだ」と考えることは無理があります。日本の文化にある「未完成の美学」は、「完成は崩壊の始まり」と考えています。「自然のなかで感性を学習した人」は、「自分を外界に合わせる」ことが、ごく普通のことと考えるのでしょう!

理論優先、競争原理の導入の弊害!

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 「勝ち負け」をベースにして「逃げてはいけない」という思いに縛られていると、事故や災害といった突発的な出来事に見舞われたとき、「危険を避ける」という行動ができなくなっていきます。危険な状況に瀕したたときに、本能は、それを察知して逃げるようにと警報を鳴らします。ところが一方では「逃げてはいけない」という指令を発して、その警報にブレーキをかけます。あなたは相反する情報に立ち往生し、身に迫る危険に対しても、自分を守ることができなくなっていくのです。避難を現場で支援する立場の人は、ものすごく大変です。

自然を制御できると過信!

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 ヨーロッパ文明は、ギリシャ哲学とユダヤ教やキリスト教の一神教を基本としたためか、「人間は自然を制御できる」と思い込んでいます。何か異変が起きたとき、「なぜ、どうゆう原理なのだろう?」と考えます。すべてのことがいつか「解明できる」と考えているようです。「曖昧」を否定する社会は、ストレス社会になりやすいようですね!

赤ちゃんはこの世に生まれて不安!

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 核家族が主流になったためか、赤ちゃんのときに触れることができる人達が、からり少なくなってきています。また、都会暮らしの人が多くなり、赤ちゃん時代に自然にふれる機会も少なくなりました。人類の歴史で、こんなことは初めての経験です。それも、ここ50年ほど前からです。子育てにおいて、「何が正解か?」まだ経験不足ですね!

「なるほど、そうだね」と言おう!

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 組織内で、あるいは、同じ業界内で、偉くなっていくと、多くの人は「思い込み」が、どんどん強くなっていくようです。いろいろな人達の意見を、「なるほど、そうだね」と聞くことができる人は、「思い込み」が少ないのでしょう!

風格は自分の力だけでは身につかない!

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 風格というと、ある程度の年齢を重ねた人を思い浮かべますが、「品が良い」という言い方もあります。「品」は口が3つ、三人を表しているようで、「三人=いろいろな人」という意味もあるようです。品のある人、風格のある人は、たとえ、子供であっても、みんなついてきてくれるようですね!

完成形に至ると活力を失う!

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 現在は、「完成形」を目指すことが当たり前になっている。勉強、学術、工業製品、構築物、建物など、完全をめざす。しかし、日本の文化には、「未完成の美学」というものがあり、あえて、完全なものを、一部を未完成にし、次なる進歩を追求する風土があった。完全を目指すことは、誰もができるものではない。できない者は、「おちこぼれ」として扱われる危険性がある。もっと、未完成・多様性を認める社会であって欲しい!

お経なんか、さっぱり分かりません!

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 お寺さんと関わる機会が、ごく限られたときだけになってしまいました。昨今、ストーカー、閉じこもり、いじめなど、心の問題が日常化しているとき、心を救うべく成立した宗教の教えや手法は、できが悪かったのか、あるいは、退化しているのでしょうか? これだけ多くの宗教施設がありながら、生きている人達を、もっと救うことはできないのでしょうか!

日本人の未完成の美学!

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 日本には、茶道具などに、ある意味未完成を尊ぶ文化があります。また、浮世絵などに、後にいる人も、前にいる人も、同じ大きさに書くという、遠近法という論理では説明のつかないものがあります。日光東照宮の「逆柱」、姫路城の天守閣にある「逆さ家紋」など、あえて完全というものを否定するものがあります。たとえ、自分が日本一になったと思っても、「やっと三本の指に入ったよ!」といった言い方もします。この発想にAIは対応できるのでしょうか?

コントロールされている「ウソ」なら!

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 「罪にならないウソ」を上手に使うには、日ごろから、年齢を超えた、いろいろな方々との接触が必要です。ネット上では、一方的な書き込みもできるので、なかなか上達しません。ネットでは“コトバ”によるコミュニケーションのため、五感で感じ取る情報が得られません。そんなことを感じてか、瀬戸内などの人口が少なくなった島に、都会から移り住む人が出てきているのでしょうか!

相手の地雷を踏む言葉!

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 「ほめ言葉」は大事ですね。その時の状況、タイミングなど注意が必要です。でも、ネット社会でメールなどを多用していると、「ほめ言葉」のノウハウをどのようにして習得するのでしょうか? 習得していないから、ちょっとしたことで、トラブルになるのでしょうか!

自信がない!

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 「自信」とは、本来は何なんだろう。むかし、狩の場面を想像してみると、その場面、場面で、「あれは獲物だ」、「捕ることができるか」など、事前に考えると言うより、「その瞬間で判断する」ということだったのでしょう。それが、より成功の確率を上げるために、現実の場面に出会う前に、いろいろと予測し、考えるようになり、「自信がある」とか「自信がない」とか、考えるようになったのでしょう。自信のある人は、何も考えないで現実の場面に挑むのでしょう。出来そうになければ、逃げれば良いのですから!(逃げる自信が必要ですが!)

ヨーロッパでは瞑想と思考に時間を割く!

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 座禅などで瞑想することに慣れていない人は、あまり人がいない海辺で、波の音を聞きながら、のんびりとするのが良いですね。穏やかな波のところが良いのですが、大きな波の所では、少し高いところの方が良いのでしょう。潮風に当たっていると、無心になれますね。春に、瀬戸内の島に渡り、海岸から、のんびりと景色を眺めているのが最高ですね!

お世辞を言ったほうがいい!

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 感謝するということは、その相手に「気持ちの安らぎ」を与えます。自分にとってみても、相手にとってみても、双方にプラスの働きがあります。それが、たとえお世辞であっても、素直な感謝ができれば、双方にプラスの働きになるのでしょう。ただし、その土地の風土も関係してきますので、悪い意味のお世辞と解釈されることもあるので、注意が必要です!

90%の人が第一印象に左右されている、と!

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 「第一印象が大事」とよく言われます。しかし、なぜ人々を見分けられるのでしょうか? 人によって、何らかの雰囲気というものがあるのは確かです。子供時代でも、何か「品」といった雰囲気を感じさせる子供もいます。 やはり、ちょっとしたしぐさ、ふるまい、物腰などを感じ取っているのでしょう。しかし、「歩きスマホ」の時代、そんな感覚が磨かれることも、少なくなっているのでしょう!

体験に基づいて行動ができると!

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 自分の要求水準は、どのようにして決めているのでしょうか。親の要求水準、あるいは、地域環境での要求水準などがあるのでしょう。できることなら、おおらかな親、変化に富む自然環境などの中で、育っていきたいもの。理想を言えば、知識でなく、体験から学びたいもの。私の小学校の時の体験で、家庭科の教科書に。「新鮮なさかなの見分け方」で、「新鮮な魚の目は透き通って見える」とか「エラの中が、鮮やかな色合いだと新鮮」とか書いてありました。しかし、さわって動くかどうかで、、すぐ新鮮かどうかわかる地域だったので、教科書に疑問をもったものです。知識や理論は、ある一面でしかないのでしょう!

自分だけの片寄った考え!

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 今迄の教育で大事にされてきたことは「知識」ですね。知識を習得していく場合、同じ系統の知識を習得したほうが効率が良く、専門性を認められるので、その方向を目指しがちです。すると、自分の中に「思い込み」が出来上がり、定着していきます。そして、どんな現象や事実があろうと、自分の思い込みがベストと思い、判断するようになりがちですね!

人は感謝をされると幸せな気持ちになる!

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 「感謝する」という行為が、お互いの「生き残りに有効だ」ということが、DNAに刻まれているのでしょう。ネアンデルタール人は、体力や思考能力がホモサピエンスより優れていたのでしょう。しかし、環境異変に遭遇したとき、お互いに協力し、感謝するということのDNAスイッチが、ONにならなかったため、亡びてしまったのでしょうか? いろいろな組織においても、長く長く生き残っている組織は、感謝DNAスイッチがONになっているのでしょう!

嘘を見破るには直観力が必要!

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 「直感力」というものは、いくら知識教育をやっても身にはつかないでしょう。後から、ほとんど音もなく自転車がせまってきたとき、何か「イヤな気配を感じる」ことができるようになるには、五感(あるいは第六感)で感じる力が身についているからでしょう。昔の人は、熊、あるいは、ヘビなどの野生の動物の「殺気」を感じ取ることができたのでしょうが、これは自然の中で育った経験が、DNAのスイッチをオンにしたからでしょう!