韓国の「他者中心」の生き方!

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 韓国の社会は、「他人の顔色」をうかがいながら、生きていかなければならないのでしょうか? 確かにデモで掲げている看板は、種類が少なく、デザインもまったく同じで、香港のデモの看板とはまったく違います。韓国のデモは、日本の感覚では、アルバイトでデモをしていると思ってしまいます。まるで、日本のいじめグループを、国レベルまで拡大したといった印象すら受けてしまいます!

人間関係は鏡のようなもの!

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 今の子供の多くは、人類の歴史上、外で遊ぶことが最も少なくなっているようです。これは、「人類が生き残ってきたノウハウはもういらない」という判断を、行った上で選択した結果なのでしょうか? 子供時代に、五感を通じた情報処理の基礎を訓練し、右脳と左脳のバランスをうまく調整し、環境に適応できたから、数十万年の歴史をつくってこられたのでしょう。恐竜(鳥たち)の歴史には及ばないのですが!

怒り出したら心の中で「1、2、3……」と!

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 “頭にきたら”一呼吸置いて「1,2,3~、10」と心の中で数える。なかなかできないですね。あおり運転をする人は、まったくできていないのでしょう。なぜなのでしょうか? 料理では1つの食材を、いろいろと多彩に料理できるにもかかわらず、頭にくることは、なぜ「怒る」という料理しかできないのでしょうか!

表情で、きれいにも、チャーミングにも!

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 女子ゴルフの渋野日向子の笑顔が話題になっています。全英女子オープンで、“スマイルシンデレラ”とのニックネームがつけられ、優勝。やはり「笑顔」は、幸運を呼び込むものですね。どんな場面でも、“屈託のない笑顔”ができることは、何よりにもまさるものですね!

重要な意志決定は午前九時から十一時に!

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 「決めごと」は、A.M9時~11時までに行うこと、とのこと。統計的な分析結果なのでしょう。ただ、ここでいう「決めごと」は、思考的なものごとに対する決めごとであり、五感を通じた情報に基づく「決めごと」は、対象ではないのでしょう。五感による情報は、その都度決めなくてはならないものが、ほとんどですから。なぜ違いがあるのでしょうか?

ネガティブな思いにとらわれる!

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 今年のように、お盆の時期に台風が来てしまうと、予定が大きく狂ってしまいます。ここは「神様が、エネルギーを使いすぎだよ」と警告している、しょうがないと、むかしの人は考えたのでしょう。「雷神」という神様がいます。雷神は人びとを恐怖のどん底に突き落とす崇り神様ですが、一方で、雷神が稲穂と交わることで、稲は実を結ぶと信じられていました。実際に、空気中にある窒素(空気の80%)に、雷=電気が流れると、窒素酸化物になり、これが雨に溶けて降り注ぐことで作物の肥料になります。このように、日本の神様には二面性があります。ただ、昨今の人々には、「自分だけが正しい(思い込み)」、という一面だけの人が増えているようですね。世間の犯罪を見ると!

来年の夏休みの計画づくり!

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 今年の夏休みは、台風の影響で日程が大きく変わった人も、多かったのではないでしょうか。その記憶が残っているうちに、来年の夏休み(あるいは正月)の計画の準備に入ったらどうでしょうか。気候が読めない時代、一つだけの計画では心配です。屋外の観光だけでなく、屋内でできる体験教室など、また、交通手段も第1候補だけでなく、第2、第3と、あるいは、追加宿泊なども、考えなければならないようですね!

外国にも「お盆」に似た文化がある!

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 日本のお盆に相当する行事は、海外にもあるようです。しかし、いろいろな文化をつくり出しながら、その多くを過去に置き去った国も多くあります。日本は海外から入ってきた文化を、洗練しながら現在まで引き継いできているものが多くあります。「文化は、現在に生きているからこそ文化である」と思います。歴史は、単に記憶するものではなく、現在に生かすための歴史であってほしいものですね!

熱中症はミトコンドリアの機能低下で起こる!

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 異常な暑さが続いています。50年前の気温は、現在より4~5度くらい低かったように思います。寒冷期だったのかもしれませんが、35度を超える日は、ごくまれだったように思います。瀬戸内の尾道では、海の降りる石段が、三段ほど積み増しされています。海面が高くなってきているのでしょう。当時に比べ、電気の使用量は40%以上アップ、省エネに取り組んできましたが、増加しています。それに車の台数は26倍以上の増加、若者がクルマ離れをしているのは、省エネへの貢献として評価しなくてはいけないですね!

はじめて稲作が行なわれたのは!

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 麦や稲の戦略は、ここ数千年の人類をうまく利用し、自分たち(麦や稲)の勢力拡大のためには、耕作者が消費する収穫量の2倍の収穫ができることができれば、自分たち(麦や稲)の拡大が可能だろうという戦力を見つけました。耕作の残り半分が、農地の開拓者、農機具の所有者、盗難から警護する人達などに支払われ、また、それらの利益収奪競争が、人類の歴史を作ってきたのでしょう。植物たちは、特定の昆虫や鳥や動物、自然現象などを巧みに利用し、生き残り作戦を行っています。4億2千万年前には既に多様化した植物があったとのこと、今日まで、いろいろと生き残り戦略を行ってきたのでしょう!

「知識の組合せあそび」は、柔軟な頭を生む!

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 自分の「知識データーベース」を持ち、そこに蓄積したデータを、単語検索し、見つかった情報を自分流に組合せ遊んでいると、いつの間にか自分の中に蓄積した「思い込み」が、だんだん薄くなっていきます。
 ただし、組み合わせる作業において、「完成」を目指さないことが大切です。完成を目指すと、新たな思い込みになりかねません。いわゆる日本の伝統文化である「未完成の美学」といった意識が、思い込みをなくして行くには重要です。

本当に実力がある人!

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 事実を、五感からの情報をありのままに(先入観無しで)認識し、判断する(状況によっては判断しない)ことができると、やっと一人前の入口に立てるのでしょう。しかし、多くの場面で、自分の見たいものしか、情報として認識していないようです。最近、イヤホンの耳につけて歩いている人は、周りの多くの情報を、認知していないのでしょう。ネット社会でも、大量の情報で溢れているのですが、認知力は低下しているのでしょうか!

外国にも「お盆」に似た文化がある!

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 今の子供の多くは、人類の歴史上、外で遊ぶことが最も少なくなっているようです。これは、「人類が生き残ってきたノウハウはもういらない」という判断を、行った上で選択した結果なのでしょうか? 子供時代に、五感を通じた情報処理の基礎を訓練し、右脳と左脳のバランスをうまく調整し、環境に適応できたから、数十万年の歴史をつくってこられたのでしょう。恐竜の歴史には及ばないのですが!

「花火」そのはかなさを!

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 花火は、下から見上げるところが多かったのですが、高層住宅が増えてきたため、横から見る人も増えてきているのでしょう。むかしは、海や川のそばに山があり、その傾斜地で各々が好きな場所を見つけ、花見見物をしていた所(たとえば広島県の尾道)もあります。そんなところでは、高いところから少し下の花火を見る、といったところもありました!

集まるとうまくいかないんだろう?

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 人は、なぜ優越感を持ちたがるのか? やはり、集団の中で子孫を残す上で、メリットがあったからでしょう。特に、男性陣が狩猟してきた食料が、充分ではないときに、どのようにしてその食料を手に入れるか、というとき、優先順位が必要だったのでしょう。どの時代でも、強弱はあるにせよ、優先順位は消えることはないのでしょう!

ひとつの価値観だけで??

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 ものの見方に、多彩さが欠けてくるのはなぜでしょうか? 日本では、学校教育で、一つの答えを要求され続け、社会に出てからもその延長で、多数の思惑に合わせたほうが、生きやすののでしょう。一つの変わった視点で歴史を見る例として、米(あるいは麦)の立場で、イネの勢力拡大のため“人間を使おう”、その戦略として「米を作る人達が1年間消費する量の、倍を収穫できる」という戦力をイネが取り入れた。すると、収穫の半分を他の人達が利用できるようになった。その分け前を得ようとして、「イネが作れる土地を開発し貸し付ける」、「高価な青銅製の農機具を貸付る」、「他の場所に運搬し報酬を受ける」、「盗難から守る」等々の、人類の争いの歴史が始まり、イネや麦は、その勢力をどんどん拡大していった、という視点もあるのでは?

かつての日本の家の中!

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 実家に帰ると、”もの”があまりありません。必要なものと、少しばかりの小さな置物類だけです。しかし、家の外には豊かな(多彩な)自然があります。部屋の中にものが増えるのは、都会生活で、まわりに心が安らぐ自然が少ないためでしょうか?

劣等感は心がつくり出した妄想!

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 「思い込み」で日常を過ごすようになると、ストレスの多い日常になるようです。なぜ、思い込むようになるのでしょうか? 接触する人たちが少ない、知識の入手が偏っている、あるいは、少ない、五感から得る情報が少ないなどに、その要因があるのでしょう。歳を取るにつれて、思い込みが激しくなっていくようですが、いろいろな情報に接することが少なくなるためでしょう!

失敗体験をたくさんするとガムシャラに!

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 ガムシャラに物事に取り組んでいると、余計な思い込みもなく、いま現在の状況から得られる情報(どちらかといえば感覚的な情報)をもとに、どのように対処するか、だけを考えています。これも、ある意味「無心」ということでしょう。これが、成功しようと、失敗しようと、自分の財産になって行くのでしょう!

弱さを人間関係の武器に!

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 「弱さを武器」にされると対応が厄介ですね。ただ、昨今の、社会への適応が苦手な人達は、弱さを武器にすることができず、自己否定、あるいは、社会否定になってしまうようです。これは、もっと厄介ですね。ネット社会になり、自分の都合の良い情報のみ集め、その情報をもとに、自分の論理を組み立て、厄介な事件を起こす人も出てきてしまいます。真夜中、人に見られないようにして、5寸釘でわら人形を立木に打ち込み、憂さ晴らしをしていた時代の方が、よかったのでしょうか?