仲のよい夫婦のもとで育つと!

 子供は小学校くらいまでは、大人をよく観察しています。一番大きく影響するのが、両親の関係なのですね。それから精神的自立のためか、反抗期に入ります。それまでは、両親や近親者が中心でしたが、だんだん周辺に目が行き出します。このとき、住んでいる町の風土の影響が大きくなってきます。まわりの人たちとのつながりを避ける町、物々交換が盛んな町、近所の人達が気遣ってくれる町など、25歳位まで精神的な成長が続いていくのでしょう!

うつ病の人は免疫力が弱くなる!

 自宅にいる時間が長くなっていると、時間を持て余してしまう人もいるでしょう。ストレスが増えている人もいるのでしょう。屋外だけでなく、屋内でもできる趣味を持っていると良いのですが………。子供のときから自然の中で育っていると、外でも、内でも遊べる子が多いようです。自然は、晴れている日もあれば、雨の日もあり、その中での遊び方を身につけているようです。そのためか、何かしらの遊び方を創り出すようです!

鳥肌が立つのはどうして!

 「鳥肌が立つ」とは、寒さや恐怖・興奮などの強い刺激によって、鳥肌が生ずる。総毛立つ。肌に粟を生ずる、とのこと。「身の毛がよだつ」とは、寒さ・恐怖あるいは異常な緊張のため、体じゅうの毛がさかだつ、とのこと。同じなのでしょうか? 最近の都会に住む若者の多くは、「鳥肌が立つ」、「身の毛がよだつ」といった経験があるのでしょうか。安全な環境をつくっておかないと、裁判の判決で多額の賠償金を支払う時代、過剰な安全志向になってしまい、「鳥肌が立つ」、「身の毛がよだつ」経験がなくなってしまいました。その結果でしょうか、今回の新コロナで都会に出入りした若者が多く感染しています。身の守り方、生き残りの仕方、を自分で対応することができなくなってしまったのでしょうか!

「存在感」は赤ちゃん時代の母親とのスキンシップ!

 人の性格は、幼少期の母親との関係や、育った地域の風土が大きく影響するようです。育った地域の近所の大人達が、両親や子供達にどのように接する風土かで、それを見て育っていく子供達は、社会との関係の作り方を学んでいきます。その体験が生きてくるのは、知的に大人になる25歳くらいからでしょうか。青年期には、一度はそれまでの体験に反抗する時期もあるのでしょうが、ほんとうの大人になっていくようになると、その性格は、母親(両親)や地域風土の影響がでるようになると思われます!

知性とユーモア!

 ユーモアがある人は、危機に対しても冷静に対処できる、とのこと。確かに、ユーモアを考えるには、まず、周囲の状況や人々を冷静に観察する必要があります。その素質が危機状況のときに役立つのでしょう。現在の新コロナウィルス危機においても、この素質がある人は、きっと乗り越えるのでしょう。ユーモアを言える人になりたいですね!

“傷つくのを感じない”ようになると!

 いつからでしょうか?「完璧」を求めるようになってきました。テストで100点至上主義のためでしょうか。スペシャリスト指向のためでしょうか。みんな気がついているのでしょうが、テストの100点の回答は、必ずしも自分生きている間において、正解であり続けるとは限りません。スペシャリストもそうです。その仕事を辞めた途端、いかにもの知らずで視野が狭かったと気づきます。もっと、「出来損ない」を大事にしたいですね!

「ひとり遊び」のバランス!

 むかしは「ひとり遊び」は、多くの子供達が経験していたことと思います。特に狭い坂道が多い地域では、幼稚園や保育所までの送り迎えは無理なところが多くありました。それに、電化製品も少なく、主婦は忙しかったので、時間に余裕もありませんでした。「ひとり遊び」の経験が多い子は、逆に友達作りもうまく、また、イジメに遭っても一人で過ごすことも身につけていたようです。そのためか、イジメが今のように問題になることも少なかったようです!

感覚的な判断力を持った人工知能はない!

 インターネットで検索すると、AIが検索した単語に関連した情報を、素早く検索してくれます。専門指向の人にとっては大きなメリットです。しかし、関連情報が多く検索されるため、どんどん視野が狭くなっていきます。新しいアイディアや、視野(興味)を広げたい人にとっては、大きな欠点になってしまいます。私はPHP文庫の内容を中心に、現在8万5千件ほどのデータベースをつくって、単語検索をし、思いつきで関連づけ、組合せをして遊んでいます。そうしていると、自分の固定した考え方が徐々に消えていき、少しずつですが、いろいろと見えてくるものがあり、視野が広がってきたように感じます。AIにも欠点はあるものです!

どんなものに対しても「礼を尽くす」こと!

 何に対しても、どんなことに対しても、「礼を尽くす」が社会で生きていく基本なのでしょう。と同時に、日本での「礼を尽くす」というルールは、疫病対策にも有効だと考えた人々が、苦労して定着させてきたのでしょう。このルールを守ることができる人達が、日本では子孫を繁栄させ、より社会に定着してきたのでしょうか? 災害や疫病を数多く体験してきた人達は、生き残りの確率アップのため「礼を尽くす」というしくみを、社会に定着させようとしたのでしょう!

きちんと「ありがとう」と言う!

 ちょっとしたことでも、何かしてもらったら「ありがとう」と言いましょう。この繰り返しが、自分を見つけることにつながります。自分を見つけるということは、人が「自分の、どの能力を評価してくれているか」、これが自分を見つけることなのでしょう。人から評価してもらっていることを、人にしてあげ、その結果ほんとうの「ありがとう」と言ってもらえることが、自分を見つけることになるのでしょう。自分がやりたいことは、必ずしも自分を見つけることにはならないのでしょう!

20世紀はお金を中心に動いた物質文明の時代でした!

 明治以降「幸福」を求めてきました。「幸」は枠にはめる、枠から逃れるという深層イメージがあり、はめられた枠から逃れようと望む、まぐれ的な幸運を求めるという意味があるそうです。ここから転じて、かなわぬ願いを得たことによるしあわせとなります。また「福」は、丸くふくれる、いっぱい満ちるというイメージから、さいわいの意味があります。「福」は現代で言えば「お金」ということになります。明治以降は「お金持ち=幸福」になっているようです。しかし、新コロナウイルスの影響で、以前よりは「幸せ」に目が行くようになったのかな? と少し感じられます!

もっと違う生き方ができるはず!

 ふと、いま現在に??を持つことにもあるでしょう。「このままでは、生きがいを見つけられない」と。でも、それは頭の中だけの考え事ではないでしょうか。体験からそのような疑問が出ているのなら、「あの練習(勉強)をすれば、できるようになるかもしれない」など、何かしらの方法を見つけようとしているはずです。情報や知識だけから「ああなりたい」と考えていると、具体的な行動に移ることができないまま、頭の中に??を残したまま、過ごしてしまうことになるのでしょうか?

DNAに魂はあるか!

 生物が生き残りのために子孫に、どのようにして生き残りのための情報を伝えるか? 言葉での伝達はできません(人類数十万年の歴史上の最近では言葉で伝達ができますが)。DNAのスイッチの、On/Offで子孫に伝えるしくみになっているのでしょう。疫病での生き残りも、DNAのスイッチの切換で対応してきたのでしょうか? このスイッチの切換がうまく機能しないと、絶滅していく運命なのでしょうか!

自律神経のバランスを正して!

 足の裏からの情報は脳の活性化にも大事な情報ですね。足の裏は、痛みには少し鈍感なようですが、そのほかの情報にはものすごく敏感なようです。小さな異物でもすぐ感知します。また、バランスに関する情報収集も鋭敏なようです。歩行力の低下について「筋肉が弱っているからだ」とよく言われていますが、バランス能力の方が大事なようです。河原の小石がゴチャゴチャしている所を、下を見ないで歩けるようになるには、数十日以上の練習が必要です。バランス感覚の習得には時間がかかるようです!

具体的な指示をしてあげるまでは動かない!

 変化の時代に突入した今、指示待ちでは、変化について行くのは大変です。そんなときは、変化に対応できるリーダーに、ついて行くしかないのでしょう。それも懸命な一つの選択なのでしょう。子ども時代に、自由に過ごせた人は、現状の変化をよく観察し、何かしらのきざしを見つけていくことも一つの選択なのでしょう!

マグロは水銀濃度が高い!

 今では水銀は毒物として認識されていますが、50~60年前までは、皮膚・キズの殺菌・消毒に用いられていました(通称:赤チン)。もっと昔は、中国で不老不死の薬として皇帝も利用していました。また、奈良の大仏のように金メッキをするときに大量に使用され、お寺などの朱塗りにも使われていました。日本では水銀は、古くから戦国時代の頃まで重要な輸出物質だったようです。奈良から長岡京へ遷都したのも、水銀や銅の精錬時の毒物の原因の一つだったのでしょう!

求めたいものは一つに絞る!

 社会が変化せざるを得ないとき、やはりお金のことを考えてしまいます。昔の人はどうだったのでしょうか? 生きて行くには「食べ物」だったのでしょう。食べ物を求めて、アフリカから全世界に移動していったのでしょうから。今の日本は、過疎化が進み、休耕田や昔は畑だったところがあちこちにあります。テレワークと組合せ、昔の半農半漁のように、半テレ半農の生活様式は広がっては行かないのでしょうか?

正直者が損をする世の中と考えていませんか?

 社会の中では、実態はともかく「正直者がバカを見る」と思われているようです。しかし、気がつかないようですが、全体的には正直者は信用を得られ、よい人生を送ることができているのでしょう。ウソをついたり・正直であったり、都合よく生きている人達が、たまたま正直のなときに被害に合うと、「正直者がバカを見る」と思ってしまうのでしょう!

「性根が腐っている」と言わなくなりました!

 最近は「性根(しょうね)(行動・言葉などのもとになる、根本的な心の持ち方)」という言葉を聞かなくなりました。「性根が腐っている人(ばからしきほどあどけない人)」が、目立つようになってしまったようです。SNSの普及で、批判的な書き込みを見た人が、オレも、と、余り考えないで書き込んでしまい、拡散するのでしょうか? 書き込みをした人が分かれば、それなりの批判を受け、世間的な制裁になるのでしょうが、現在は厚い壁があるようです。しかし、他人に害をおよぼすようですと、やはり対策が必要なのでしょうね!

日本人は縄文の昔から寄生虫と共生していたが?

 寄生虫は、科学万能になった現在、悪いものとしか認識されていません。この所見直しされているのは「腸内細菌」です。「細菌」と言われると、悪いものと思ってしまう人が多かったと思います。まだ、寄生虫と腸内細菌との関係はわかりませんが、なにかしらあるのでしょうか? 大昔から、腸内最近と寄生虫は同居していたのですから、人類の生き残りになんらかの関係はしていたのでしょう!