人が求めるものの原点に、お金・権力・名誉・寿命がありますが、現代は多くの方が「お金」なのでしょうか。
そのためか「能力主義」が叫ばれています。
しかし、年功序列の時代は、先輩が後輩をよく指導していましたが、能力主義になると、先輩の指導はあまり期待できなくなります。自分で能力を高めていくしかなくなってしまいます。
日本では、高度成長が出来た時代は、年功序列の時代でした。能力主義になると、日本全体では、どの程度の成長が期待できるのでしょうか。
今回のワールド・ベースボール・クラシックでの日本の活躍は、日本の年功序列時代の組織を思い出してしまいました。先輩が熱心に後輩に教えていました!
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外面がよく見えてても中身ブスなら!
全員一致は本来はあり得ないこと!
日本は「根回し」文化の国です。根回しには談合もあります。『日本書紀』の時代から談合の国です。 A建設、B建設、C建設などさまざまな企業が談合で出てきます。
そういった取捨選択、あるいは格付において絶妙に配慮が行き届いて、忖度しているといった具合です。
だから、『日本書紀』は日本の忖度文化の原型ではないかと思います。いわゆる独裁的な王権があったのではなく、連合王権のような国として成立してきました。
「根回し」には悪い面もありましが、良い面もあります。それは独裁者が出てこないことです。日本の独裁者と言える人物は織田信長ぐらいでしょう。
根回しの段階で、部下の意見を取り込むことができます。また、部下を上司の意見に近づけることも出来ます。
独裁国家にならないためには、効率に問題はあるのでしょうが、「根回し文化」もあって良いのでは、と思いますが!
マニュアル通りやれば?
労働力が重要なのは生かされている場合!
学習性の無気力を払いのける!
本当にいじわるな人は間接的にいじわるを!
ピラミッド型組織がやがてだめになる!
従業員についてきてもらうためには!
ロシアや中国のニュースを見ていると、「リーダーシップとは?」という疑問が湧いてきます。
リーダーが「求心力が落ちてきた」と感じた瞬間から、非常に危ない方向に行ってしまいます。それを止めるには、反対派が勢力を持ち、そのリーダーの拘束か、死を待つしか無いのでしょうか。
日本のように、ある程度の「曖昧さ」・「いい加減さ」がある風土では、強権を発することがなく、平和を維持できるのでしょう。
曖昧さを持つことで、部下の意見を聞くことが出来、いろいろな提案を検討できる余地もできるのでしょう。
オイルショックの際に、製造業に広がったトヨタ式現場改善活動も、地位に関係なく、どんな人の提案も、否定することなく、どんどん改善提案を出させたことで、オイルショックの危機を乗り切りましたね!
仕事は一人で行うものではありません!
<自分>という製品を売る!
組織とのつきあい方は工夫が必要!
好きなことを知ってはじめて仕事は回る!
役割を誇示すること!
アメとムチの使い分けに工夫を!

上司が部下を使うとき、どのようにすべきか意識していますか?
パワーハラスメントのニュースがよく流れます。上司の方も気を使う時代です。どの程度が良いのか、難しいですね。
日本の教育は、答えが一つしかない教育を受けています。そのため、一つの言葉に、いろいろな意味が含まれていることをあまり考えません。ある意味、単純な解釈しかしないこともあります。
愛情が隠されているきびしい言葉は、表面のきびしさだけで受け取ってしまうこともあります。難しいですね!
周りの人から嫌われる傾向の人!
ねぎらいのコトバをかけたいもの!
怒りが静まる時、後悔がやってくる!
今の子供はボス教育を受けていない!
「ボス」と「リーダー」をどのように使い分けていますか。日本語では、ボスは『親分、親方』、リーダーは『指導者、統率者』ですが、昔の親分(ボス)は、「面倒見がよく、親のように頼りになる人」と思われていました。ヤクザの元親分が県会議員になっていたりしていた例もありました。 現在の暴力団の親分は「部下に対して恐怖を与えて従わせようとする」ように思われています。どちらかというと「ニホンザルのボス」のようです。 リーダーと言われる人は「部下のやる気を引き出させて任務を遂行させる人」と思われています。「ゴリラのトップはではリーダー」のようです。 昔のヤクザのトップのような「面倒見の良い親分」が育たなくなりましたね。やはり、子供のときの「ガキ大将」がいなくなったことが原因なのでしょうね! |
論理が重要なのか、感情が重要なのか!
自然淘汰の法則の「弱いものが消えてゆく」というものですが、この解釈が「自然の中での出来事」ではなく、「社会の中での出来事」として解釈する人が多くなっています。 ヒトの場合、食料を運ぶことが大変だった時代は、秘境や小さな島では、その土地で生産が可能な量で生活が可能な人数しか生きていけません。 その中で、生物としての本能に基づく自然淘汰のしくみが必要でした。日本でも、「口減らし(人数を減らすこと。特に,子供を奉公に出したりして,生計の負担を減らすこと)」や「間引き」というしくみがありました。また、団塊の世代の就職時期から言われ出した「集団就職」なども、ある意味では口減らしなのでしょう。 自然淘汰の法則は、社会現象との関わりが深いため、「社会の中での出来事」と思われるようになったのでしょう。 ただ、新コロナの蔓延対策は、「社会の中での出来事」という発想では「民主主義国家で強い人=投票に行く人」中心ではなく、「自然の中での出来事」という視点で、新コロナ蔓延地区の人、その地域に出入りする人」のワクチン接種を優先する対策をしてほしいものです! |