自分の思い込みで世の中を見ている!

 「思い込み」というものは、特定の分野に所属していればメリットがあります。しかし、その分野を離れたとき、または、その分野が大きく変化したとき、それはデメリットとして働き出します。過去にメリットがあっただけに、それを否定することが難しいのです。定年まで同じ分野にいると、ますます、そこから脱出することが難しくなっていきます。遅くとも五十代からは、雑学に取り組みたいものです。それができれば、引退後も新しい人間関係をやすくなります!

良い夢を見よう!

 良い年になる夢を見られるとよいのですが、疫病の広がりが気になっていると、なかなか難しいのでしょうね。でも、社会が変化するときには、良い夢を見続けることが大切。昨年はテレワークなどで社会の変化のきざしが見えてきています。また、炭酸ガスの削減が目標になって、これも社会の変化のはじまりになります。クルマ社会の見直しは、地産地消が拡大し、平地は農産物の生産場所になり、ゆるい傾斜地が住宅地になると、道路に頼らず、屋外エスカレーターのようなものが(法律の見直しが必要ですが)利用されるときが来るのでしょうか? そのような社会変化が始まると、社会投資が拡大し、新しい働きの場も増えてくるのでしょう!

生活の中でスタンディングオベーションを!

 日常で「一生懸命やっているな」と感じたら、必ずほめたいものです。「自分には出来ない」と、あるいは、「出来るかも知れないが、ものすごくがんばらないとできない」と感じたら、スタンディングオベーションをするくらいがとよいですね。現在の新コロ感染時代は、医療関係者が一番頑張っています。そのガンバリをほめてあげたいですね。現時点では、医療関係者が一番知識があり、しかも異常を感じたら、素早く検査を受けられる環境にあるので、一般の人に比べると「他人に感染させるリスクが一番低い人達だ」と考えることが正解と考えるべきでしょう。マスコミの報道は、このことをもっと報道してほしいものです!

困難にぶつかったとき「どうやって?」に焦点を!

 もう「社会は大きく変わる」と、考えるべき時期に来ているのでしょうか。こんなときは、歴史に学ぶしかないのでしょう。地球温暖化の問題と、新コロナウイルスの問題が重なり、変化せざるを得ないのでしょう。当然、物流に使われるエネルギーも大幅に削減しなければならなくなるため、地産地消になるしかないのでしょう。食べ物が収穫できるところに、住むようになるしかないのです。経済も、社会も、変わっていく時期に入ったようです。いままでの経験が生かせない困難にぶつかってしまいますね!

自分の無力さに気づくと!

 「自分は無力だ」と気づきながらも、社会に対し「少しは貢献できている」と思うことが出来れば、良い人生を送ることが出来るのでしょう。そのように感じている人は、顔つきが穏やかになり、見知らぬ人からも会釈されるようになるようです。不思議ですね!

自分でつくった固定観念から解放されたら!

 事実は神であると言われています。事実の前には、どんな不遜な人でも頭を垂れるほかないからでしょう。しかし、何が事実かについては、解釈と事実が混同され易いのです。事実には目印がついていません。隠れている事実に光を当てるには、それなりの知恵が必要です。大切な事実ほど、偏見、固定観念の陰に隠れます。アイデアを多く出すには、固定観念を捨てて柔軟な頭を保つ必要があります。着想の斬新性は、固定観念のしがらみから、どれだけ自分を離脱させうるか…にかかっています!

「知識の組合せ遊び」で柔軟な思考へ!https://risetu.net/01tisiki_asobiba/PP_tisiki/tisiki_powerpoint01.html

二兎を追うものは二兎を得る!

 昔から瀬戸内では二兎を追っていました。「半農半漁」といい、農業と漁業を並行してやっていました。瀬戸内は夏には水不足が起きやすく、農産物の収穫が不安定です。そのため、海が豊かなため平行して漁業もやり、食糧の確保を行っていました。現在、新コロナの伝染で社会が不安定です。1つの収入源だけに頼っていては不安定な人もおられるでしょう。リスクが大きくなっている社会では、二兎を追うことも場合によっては必要です!

プラス思考に陽転させる!

 落ち込んだとき、言葉で考えると、マイナスの回転が始まり、どんどん深く落ち込んでしまいます。そんな経験を何回か重ねると、深く落ち込んだある瞬間に、「無」になる瞬間が訪れてくることがあります。そんな経験を何回か重ねるうちに、いつしか、深く落ち込むことがなくなってきます。そして、事実は事実として記憶し、感情は過去に置いてくるようになります。そこまで行くと楽になってくるのですが!

取り越し苦労から毒素が血液に入る!

 現在は、知識教育が普及し過ぎ、その知識をもとに、いろいろと考えるようになっています。ネット検索は似通った知識や情報を集めるように進化しています。異質なものを避ける技術が定着し過ぎています。それとともに、感覚からの情報入力が劣化し、その情報の処理能力がどんどん小さくなっています。歩くことに例えると、悪い道を歩くと、凸凹があり、坂道では雨水の流れで削られた箇所があり、小石や枯れ葉で滑りやすく、足の裏からの情報で、足首や膝まわりの筋肉が微妙にコントロールします。舗装路では、ただただ足を前後に動かすだけ、という場面が多くなります。関節まわりの筋肉のコントロールも少なくてすみます。ただ、歩くスピードは速くなります。どちらが良いのでしょうか?

最後までやり切るという精神で!

 「一度始めたことは最後までやる」、また、「君子は豹変す」(過ちに気づけば即座にそれを改める)もことわざにあります。そのときの社会情勢によって、どちらがよいのか、また、自分が置かれている環境(状況)により、どちらがよいのかは変わってくるのでしょう。自分の基本的な考え方も大切ですが、頑固になりすぎても、まわりの人が困ります。やはり、先入観無しで、今置かれている状況を、できるだけ客観的に、事実を幅広く集め、決めていくしかないのでしょう。アメリカの大統領選挙を見ていると、単なる言葉だけで、固定観念をあおっており、事実は、どこかにいってしまっている印象を受けてしまします!

成功するアイデアを出しやすい人!

 変化の少ない安定した時代では、知識をベースにして、机の上で考え、アイデアを思いつけばなんとかなるのですが、世の中が変化しているときは、なかなかそうはいきません。現在のような社会が変化しているときは、多彩な検討が必要です。その原点は子供時代に自然の中で遊んだ時間の量のようです。自然は多彩で、しかも時期によって、環境によって、地域によって変化します。そして、自分の思い通りにはなりません。その環境に自分を合わせて行くしかないのです。そのような変化を数多く体験していることが、変化の時代には強みになるのでしょう!

「礼」を尽くすことによって互いが協調!

 自分が不満を持っている場合、世の中とどのようにつきあうか? 他人に、自分が不満を持っていることを見透かされるようでは、自分にとってはマイナスばかり、なかなか生きにくい。その対策として、「礼」というものが考え出されたのでしょうか? しかし、「礼」というものは、ある程度、社会に定着していないと、その効果を発揮できない。孔子の思想が立派であっても、社会が受け入れる準備ができていないと、その効果を発揮できないのでしょう!

なにごとも腹八分が一番!

 気持ちも「腹八分」が大事。新コロナで混乱するときも、気持ちが腹八分なら、少しは楽になります。学生時代、100点ばかり目指していると、気持ちに余裕がなくなります。実社会では、100点は存在しないと思ったほうが良いようです。その代わり、多くの種類の80点があります。ときには、105点ということもあります。昔は、先生の中には103点や105点(教科書で教えたこと以上のことを調べていたときなど)をつける先生もいたのですが、現在はコンピュータ管理のため、禁止されているようです!

不安を取り除くことができるのであろうか!

 社会の変化が激しくなっていくと、どうしても不安が広がって行きます。おそらく、先々のことを真剣に考える人ほど、不安が大きくなっていくのでしょう。こんなときは、現状の変化を実直に把握し、対応するしかないのでしょう。現状把握が得意になるには、自然の中で遊び回った経験が必要なのでしょう。自然は、多彩で危険なことも潜んでいます。その状況を判断し、「この程度なら大丈夫」という判断を、繰り返し行う必要があります。危険かどうかの判断に、感情を持ち込むことはまずありません。冷静な判断力が身につきます!

整理は「今、使っているかどうか?」です!

 「整理」は捨てること、「整頓」はすぐ取り出せること、仕事場ではできたのですが、自宅ではできません。実家ではできるのですが、自宅ではできません。なぜなのでしょうか? 自分がお金を払って手に入れたものは、なかなか捨てられません。やっかいなものですね!

安心感は滅亡の最大原因!

 ダイナマイトを発明したノーベルは、戦争をなくすることを目的としてダイナマイトを発明しました。しかし、結果は、戦争がもっと悲惨になりました。そのことを反省し、ノーベル賞をつくりました。無差別爆撃を賞賛する映画をつくったディズニー、あるいは、原子爆弾を開発した科学者は、自分達を正当化する方法を探し回っていたのでしょう。後世に平和がやってくるような「しくみ」づくりには、取り組むことができなかったようです。大国になるには、やはり非常さが必須なのですね。中国もそうですが!

人よりも先々のことを考え、準備が大切!

 「先々ことを考える」ということは、一つの答えではなく、「想定されるさまざまなことに、どのような対応ができるか」を考えること。テストの答えは一つしかないので、これに慣れすぎると、先々のことを考えることができなくなってしまいます。そのためか「なんとかなる」という答えを導き出してしまいます。学校での知識教育には限界があるようですね。やはり、多彩な自然の中での体験を、数多く積むことが大切なようです!

知性とユーモア!

 ユーモアがある人は、危機に対しても冷静に対処できる、とのこと。確かに、ユーモアを考えるには、まず、周囲の状況や人々を冷静に観察する必要があります。その素質が危機状況のときに役立つのでしょう。現在の新コロナウィルス危機においても、この素質がある人は、きっと乗り越えるのでしょう。ユーモアを言える人になりたいですね!

もっと違う生き方ができるはず!

 ふと、いま現在に??を持つことにもあるでしょう。「このままでは、生きがいを見つけられない」と。でも、それは頭の中だけの考え事ではないでしょうか。体験からそのような疑問が出ているのなら、「あの練習(勉強)をすれば、できるようになるかもしれない」など、何かしらの方法を見つけようとしているはずです。情報や知識だけから「ああなりたい」と考えていると、具体的な行動に移ることができないまま、頭の中に??を残したまま、過ごしてしまうことになるのでしょうか?

具体的な指示をしてあげるまでは動かない!

 変化の時代に突入した今、指示待ちでは、変化について行くのは大変です。そんなときは、変化に対応できるリーダーに、ついて行くしかないのでしょう。それも懸命な一つの選択なのでしょう。子ども時代に、自由に過ごせた人は、現状の変化をよく観察し、何かしらのきざしを見つけていくことも一つの選択なのでしょう!