鎌倉 瘡守稲荷と鬼子母神が祀られる「上行寺」

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 山門の裏側には左甚五郎(ひだりじんごろう)作と伝わる竜の彫り物があり、山門の正面に本堂があります。江戸時代後期の熊本の大名細川家(ほそかわけ)が造ったといわれる本堂の軒の表欄間(おもてらんま)や前の柱との梁(はり)などに、すばらしい竜の彫り物があります。
 上行寺は、日範(にちはん)が1313年(正和2年)に創建したといわれる日蓮宗(にちれんしゅう)の寺で、山号は法久山(ほうきゅうざん)といいます。現在の本堂は1886年(明治19年)に、名越松葉ヶ谷(なごえまつばがやつ)の妙法寺(みょうほうじ)の法華堂(ほっけどう)を移築したものといわれています。本堂の中は公開されていませんが、その格天井(ごうてんじょう)には美しい花鳥の絵が、表の欄間には十二支の彫刻がほどこされています。
 本尊は三宝本尊(さんぽうほんぞう)(祖師(そし))で、本堂内正面には日蓮上人像(にちれんしょうにんぞう)、左手に開山の日範上人像や鬼子母神像(きしぼじんぞう)、亀に乗った水天像などが安置されています。

 鎌倉市教育委員会発行「かまくら子ども風土記(13版)」より