厚木 信玄が出陣したとき兵火にあった「妻田薬師院」

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 妻田薬師、正しくは、西隣にある遍照院というお寺の薬師堂です。
 伝説によれば、本尊の薬師像は聖徳太子によって造られたといわれています。お堂がいつごろ建てられたのかはわかりませんが、室町時代の末には信仰を集めていたようです。
 薬師堂のある地名は、白根といいます。言い伝えによれば、良弁(ろ)べん)という僧がお堂で休んでいて夢を見ました。東の方を見ると、庭の大楠が灯籠になり、お堂は昼のように明るくなりました。良弁が身を清めようとして池の側へ行くと、一夜のうちに蓮の花が咲いて、白い根が池一面に広がりました。そこでこの地を白根と呼ぶようになったそうです。