自己批評を大勢の前でやる!

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 日本では「正直者はバカを見る」と言いながら、「ウソつき」を社会が受け入れることはありません。外国ではどうなのでしょうか? 中国文化圏では、一族の中ではウソをついてはいけないのですが、一族以外では、自分が有利になる場合はウソは許されるとか? 中東などではもっと広い範囲でウソが許されるのかも。欧米では詳細な契約書を作って、ウソを防いでいるのでしょうか!


相模原 南区 一遍が訪れた「無量光寺」

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 1261年 23歳の一遍はこの地を訪れ、草庵を設けたのが始まり。その後上人は2度この地を訪れた。その高弟である他阿真教が1303年2月に遊行を終えて止住するために念仏道場を開いたのが起源であろう。1319年に真教が亡くなると、初期時衆教団の聖地となり、参詣者が引きも切らなかったことが他阿呑海の法語に遺っている。


相手も忙しいかもしれないと想像してみる!

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 トヨタに、職場の小集団で改善活動をするやり方は工夫されています。現状把握で事実をありのままに(思い込みを排除して)把握し、出てきた改善案はなんであれ批判せず、アイディアが出尽くした後、それらの改善案を公平に評価し、みんなで決めることで、その改善案を確実に実施する、といったやり方です。改善だけでなく、自分の成長においても、「思い込み」が一番の成長阻害要因なのでしょう。いろいろな人たちに接し、それぞれの意見を聞き、冷静に対応できた人が、安らかな人生を送れるのでしょうか!


鎌倉 静かな趣の寺「浄智寺」

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 賓所在近陰影の濃い寺域環境である。苔むす長い階段の両脇に立ち並ぶ古木。正面には中国風の山門がある。楼門様式で二階に梵鐘を吊るしてあるというたいへん珍しい建物だ。
 その先に曇華殿という偏額が掛かった背丈の低い比較的新しい仏殿がある。一見平凡であるがなんとも言えない味のある建物である。本尊三世仏坐像が安置されている。阿弥陀如来、釈迦如来、そして禰勤菩薩の三尊である。十五世紀・室町時代の造立。それぞれ過去、現在、未来を象徴する仏様ときれる。


空気を読むか、読まないか!

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 社風があるのと同じように、日本の各地にも風土というものがあります。たとえば、瀬戸内海沿岸は大阪の風土に馴染みやすい。山陰や北陸は京都の風土に馴染みやすい。東北は東京なのでしょうか。関西はそれぞれの地域に、それぞれの風土がありますが、関東は比較的似通っています。自分の育った風土と社風とがうまく合うと、気持を楽にして働けるのでしょう!


福山 鞆 坂本龍馬と紀州藩「いろは丸展示館」

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 いろは丸事件ば、慶応3年(1867)4月、龍馬は海援隊を組織し伊予大洲藩から借げ受けた西洋式の蒸気船「いろは丸」に乗って長崎から大坂に物資(鉄砲)を運ぶ途中、岡山県六島沖(現在の同県笠岡市)で、紀州藩の蒸気船「明光丸」に横から衝突されたのです。明光丸は鞆港へ向けて、いろは丸を曳航しようとしましたが、浸水のため宇治府沖で沈没してしまいました。
 このため両者は鞆の浦にとどまりの損害賠償について昼ゆ夜交渉を繰り返しましたが決裂し、舞台を長崎に移して再交渉を行いました。最終的に、龍馬側が賠償金を受け取る、ことでようやく決蒲ししました。
 この事件は、坂本龍馬が暗殺(この時、龍馬33才)される半年前のことです。

「ありがとう」は共感脳を活性化!

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 「ありがとう」と感謝されると、うれしくなります。親切にすることは、自分のためです。相手からの感謝は、おまけです。四国遍路の”お接待”は助けっぱなしです。助けられた側も、助けられっぱなしでよいのです。しかし「お返しとしなければ」と考える風土がある地域(東日本に多いようです)もあります。人類は集団で暮らし、当然のこととして助け合ったから、生き延びてきたのでしょう!


鎌倉 古銭が千枚以上も出土した「浄泉寺」

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 昔、神仏を一緒にまつっていた時代には、今の小動神社は八王子社と呼ばれ、浄泉寺はその別当寺となっていました。そのため、1917年まで、浄泉寺の住職が小動神社も管理していました。神仏分離令以後もこのような形をとっていたのは珍しいことです。
 1333年 Iこ新田義貞が鎌倉攻めのときに八王子社に奉納した剣が、この寺に保存されていたことがあったといわれています。また文治年間(1185年ー1189年)に、佐々木盛綱が船上からこの寺を拝んだという話も残っています。

孤高の天才タイプが何より辛いのは!

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 天才は自分の才能だけに頼る。老人は、自分の経験だけに頼る。自分だけの才能、自分だけの経験、これには限界がある。そのためか、人類の進化の過程では社会性を大切にしてきた。核家族化、都市の孤立しがちな暮らし方、これが、自分の能力だけを頼り生きることになる。まだ一部ではあるが、人類史上初めての実験が始まっている。どのような結果になるのでしょうか?


尾道 足利義光が宿泊した「天寧寺」

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 1389年3月、足利三代将軍義満は厳島参詣の帰途、船を天寧沖にとどめ舟橋をかけさせて上陸し、この寺に一泊して備後の守護山名氏の饗応を受けた。1688~1703年に、三原の宗光寺の一雲椿道によって再興され、そのとき改宗して曹洞宗になったが、1682年雷火のため全山消亡、わずかに後山の海雲塔を残すのみであった。


一生懸命に上司に仕えてきた人!

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 “見下す”ことが定着した人は、年齢にかかわらず、その意識を解除することが難しい。それでなくとも、長い期間、特定の組織、あるいは業界に属してしまうと、特定の考え方が染みこんでしまい、その思考から抜け出せなくなってしまいます。いわゆる「脳の老化」です。ある程度の年齢になると、「広く、浅く」知識を広めていくことが、脳の老化を防ぐことにつながるのでしょう!