鎌倉 地震や津波で海辺から移された「円応寺」

 山号を新居山(しんきょさん)といい、十王堂(じゅうおうどう)とも呼ばれています。
「地獄の十王たち」

 地底をゆるがす大音声で断罪を下し、「いいえ、それは違います」と一言でも蚊細く抗弁しようものなら獄卒に目くばせし、間髪を入れず浄破璃の鏡の覆いを取りのけさせる。……と。
    親を足蹴にかけた。
    人妻の寝室に入り、邪な快楽を分け合った。
    隣の犬が吠えて八釜敷(やかまし)いとて毒殺。
    盗み。嘘言。偽り。虚栄。ハッタリ。怠惰。無慈悲。不まじめ。数知れず。

 かくて亡者は勝ち誇る牛頭馬頭(ごづめづ)の鬼に引きすえられ、口をこじ開けられ、大きな専用道具でギリギリグイッと舌をひん抜かれ、ギゃアと叫んで悶絶する。
 円応寺では正面の帳(とばり)の陰に一きわ巨大な間魔大王がすわっている。他の九王は一段低い左右に居流れ、普通の仏教寺院と違う、異様な圧迫感を漂わす。
 このエンマ様は伝運慶作。彼が死に、冥途を旅して閤魔大王の前まで来たところ生きているとき、天才仏師としての手腕と業績が顕著であると認められ、突如生き返った。そのときの大王の様子を刻んだものと伝えられるが、本当かどうか。
 エンマは梵語ヤマの漢音訳であって、瑛魔、炎魔、夜魔などとも音写されるし閣魔天とか死王とかいうこともある。

鎌倉 もとは新井(荒井)の闇魔堂だった「円応寺」

閻魔さま……恐ろしい閻魔大王は天国の主だった!

 釈迦の時代より数百年さかのぼるインド最古の神話叙事詩『リグ・ヴェーダ』にヤマ(夜摩天・焔魔天(えんまてん))という神が語られている。ヤマは太陽神の子である。双子の妹ヤミーと結婚して地上で暮らし、子孫をふやした。これが人類の始まりだという。
 この人類の父祖ヤマは、あるとき、未開の領域を探検して、そこに死への道を発見した。そして、その道をたどって最初の死者になった。以後、すべての人は父祖ヤマの道をたどって死におもむくことになり、ヤマは死の国の王になったのである。
 そのとき、死は永遠の安らぎであった。