鎌倉時代、後鳥羽上皇は建久九年(1198)に十九歳で譲位した年から熊野御幸をはじめて28回行った。その後も亀山上皇まで多くの皇后や女院の御幸があった。
皇族や貴族だけではなく、平惟盛(たいらのこれもり)などの武士、足利義満(よしみつ)の側室北野殿などの女性も参詣した。平安時代後期から阿弥陀信仰が強まり、浄土教が盛んになると、熊野の地は浄土と見なされるようになった。
さらに、朝廷の支持を得た熊野信仰は国家安穏の神としてだけでなく、修験者の病気快復の祈祷によって無病息災、延命長寿の神として全国に広まり、熊野神社が各地に勧請された。
