南蛮船の登場以前、日本の海外貿易は倭冠が支配!

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 海賊といえば「村上海賊」ですが、主に行っていたことは「水先案内」のようです。
 昔は交通の主体は「船」ですが、瀬戸内の中央部は、波は高くはないのですが、海流が速く、また満潮と干潮の高低差が3m以上あり、海底にあった岩が水面に近くなり、海の干満の時間や海底の状況を知っていないと、座礁してしまいます。
 場所によってはフカがおり、人間を襲います。
 水先案内はどうしても必要だったのでしょう!