厚木 もとは真言宗の乗碩寺だった「松石寺」

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 弘法大師が荻野富士(華厳山)と称する山頂付近の岩に経文を記した石を納めたことがことが起源とされている寺院。
 寺院はその山のふもとにあってもと華厳山乗碩寺といった。その後興廃を繰り返したが、天正時代徳川家康は当寺を訪れた際寺の由来を聞いて感じ、松平と経石(経文を記した小石。死者の追善,現世利益・未来往生を願うためのもので,多くは地中に埋める。一字一石と多字一石とがある。)をからめて松平家が石のように堅固に栄えるようにと短歌を読んだ。その後この寺を松石寺と改称した。
 「幾千代もかはらて松の栄えかし みのりの石のいはほならへて」-(家康)