中華文明は「核」を持たない文明!

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 麦や稲は、耕作者の年間消費量の二倍の収穫ができた。これが「戦い」の根本原因となった。残った半分の収穫が、土地や農具の借賃、収穫した倉庫の護衛などに使われ出した。農地の水の確保のため、大河の流域では巨大な開発事業となるため、大きな権力を持つリーダーが必要となった。乾燥地帯ではより巨大な権力を持った皇帝が出現した。日本でも、東日本は大きな河川があり、やはり、強権のリーダーたちが出現した。地域の風土は、自然環境がつくりだすのですね!

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