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お地蔵さん

料識亭(ころんぶすのたまご)
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「知識の組み合わせ遊び」へ と 「風土の探検」へ
2026年1月27日(火)
厚木 徳川家康は当寺を訪れた際の後に改称「松石寺」
 弘法大師が荻野富士(華厳山)と称する山頂付近の岩に経文を記した石を納めたことがことが起源とされている寺院。

 寺院はその山のふもとにあってもと華厳山乗碩寺といった。その後興廃を繰り返したが、天正時代徳川家康は当寺を訪れた際寺の由来を聞いて感じ、松平と経石をからめて松平家が石のように堅固に栄えるようにと短歌を読んだ。

 その後この寺を松石寺と改称した。

「幾千代もかはらて松の栄えかし みのりの石のいはほならべて」-(家康)

 当初は真言宗で、華厳山乗磧寺と号していた。

 その後林徳院と改号したこともあった。

 1475年宗派を曹洞宗に改宗し、寺号も旧に復した。1591年に華厳山松石寺と改めた。
知識の組み合わせ遊び・風土の探検 履歴

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 参考にした書籍・場所
 
【白狐のどくろ】

 厚木市上荻野に松石寺(しょうせきじ)があり、この寺は、弘法大師の開山といわれます。最初は真言宗の乗碩寺といい、数100年後の白陽和尚の時曹洞宗に改宗しました。ある時、白陽和尚をしたって一人の小坊主がやってきました。同寺には、30余名の修業僧がおり、小坊主の修業は住職から修業僧の衣食住の世話から、毎日の読経など休む間もないほど忙しく僧としての修業でもありました。↗
 この小坊主が、ある日、白陽和尚の前で、「私は狐であるが、和尚の徳を慕い、僧になりました。今日厚木村へ油買いに行き、その帰り道、一匹の犬にほえられ命をなくすところでした。私たち獣類は、人間と違って俗界を離れることが無理であることを悟りましたので、再び松石寺の裏山の穴にもどって狐として生きたい」……その後、同寺の裏山で、白狐のなきがらが発見されたとき、白陽和尚は、これをねんごろに葬り、そのどくろを本堂に移し供養しました。また、童子の像をきざんだ思い出の姿を、同寺内に納めてあります。
 「厚木の観光ポケットブック」(厚木市観光政策課発行)より
賽の河原の地蔵菩薩

 地蔵菩薩は特に子どもを守る菩薩だ。賽の河原では幼く死んだ子らが供養のために石を積んで五輪塔をつくっているが、鬼が出てきて崩してしまう。地蔵菩薩は衣の下に子どもを隠して鬼から守るという。

 地蔵菩薩は僧の姿で、手に錫杖(しゃくじょう)というを持っている。これは旅の僧の姿である。地蔵菩薩は輪廻(りんね)して迷う衆生(しゅじょう)(あらゆる生き物)を救うために旅をし、六道の辻々に立っているという。