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料識亭(ころんぶすのたまご)
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「知識の組み合わせ遊び」へ と 「風土の探検」へ
2026年2月26日(木)
尾道 花崗岩で出来た大石門をくぐり延命「持光寺」
持光寺の石の門(延命門)

 「ええ門は福善寺、かたい門は持光寺」…童歌までに唄われた同寺の門はそのものズバリ、主体だけ17個からなる花崗岩を組みあわせトンネル状に築きあげた石の門。

 全巾が5m、奥行き3.5m、高さ3.5mで、通路が巾3m、高さ2.8m。

 これだけの石を据え微塵の狂いを生じてないあたり、基礎に相当の配慮がはらわれているのだろう。

 約三百年前に建てられたものであろうが、当時の築構技術の粋をあつめた“石の町”ならでの逸品。

 付近の古老のはなしでは、門の上に柱をたてるためのものであろう穴が数個あったと聞かされ、梯子を借りて屋根まで登つたが、薄くセメントがはられ穴の確認はできなかつたが、おそろく天寧寺などで見られるように鐘楼門にする計画であったのが石の基礎だけ出来あがったところで挫折したのであろう。

(「郷土の石ぶみ」 明治31年5月10日創刊 山陽日日新聞社 より)
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 当寺は834~848年、伝教大師の高弟持光上人により、天台宗の寺として創創され、寺号は日輪山天禅寺と号し本尊は立像・聖観音菩薩の霊像でありました。
 この天台宗時代の寺宝も数点伝わり、中でも絹本着色・普賢延命菩薩像は1153年と銘が記されており、この仏画は「保元・平治の乱」の直前・鳥羽法皇の御宇、最愛の御子・近衛天皇の御息災を祈願された尊像であり、現在「国宝」に指定されております。
 1382年浄土弘伝の沙門善空頓了上人により本尊、立像・来迎の阿弥陀如来を迎え浄土宗に改宗される、寺号も日輪山金剛台院持光寺と改めました。






 鳥羽法皇の命により、愛する御子・近衛天皇のご息災を祈願して作られた国宝・絹本著色 普賢延命像(1153年)が伝わっています。一度拝むと寿命が延びるといわれています。
 江戸後期の尾道に、日本全国に名を馳せた女流画家「平田玉蘊(ぎょくおん)」。
 平田玉蘊は天明七年(1787)、尾道の木綿問屋福岡屋の次女(長女は早世)として生まれました。
 日本最初の女流画家とも称され、当時としては稀な自立して生計を立てていた。