`

お地蔵さん

料識亭(ころんぶすのたまご)
ホームページの構成説明へ
ブログへ
お地蔵さん
つながり 一覧図表
ビジネス 一覧図表
安  全 一覧図表
科  学 一覧図表
感  謝 一覧図表
教育勉強 一覧図表
健  康 一覧図表
雑談会話 一覧図表
子 育 て 一覧図表
自  然 一覧図表
社  会 一覧図表
取り組み 一覧図表
習  慣 一覧図表
商  品 一覧図表
笑顔笑い 一覧図表
情報知識 一覧図表
色  彩 一覧図表
食 べ 物 一覧図表
心 構 え 一覧図表
世  間 一覧図表
政  治 一覧図表
組  織 一覧図表
文  化 一覧図表
コミュニケーション 一覧図表
「知識の組み合わせ遊び」へ と 「風土の探検」へ
2026年3月30日(月)
座間 齋藤龍興(道三の孫)の遺臣四名を氏神に「日枝大神」
 1841年に再建した際に、棟札に「山王大権現」とありますが、「山王」という文字の意味は天台教義を表します。

 〔山王〕の山の字は縦が三画、横が一画で、王の字は横が三画、縦が一画。天台宗の教義である「三諦(締は真理)即一」の理を表すといわれています。

 あらゆるものごと〔諸法〕の本質は空であり〔空諦〕、空であるが仮に存在する〔仮諦〕、諸法は空でもなく仮でもないことを中の存在〔中諦〕といいます。

 この〔三諦〕が完全に融合し、ひとつになる〔三諦即一〕ところに真実の姿がある、と説いています。

 これは〔一心三観〕、〔一念三千〕の天台の教義を山王明神が託宣したものだといいます。

 比叡山の守護神として位置づけられて以来、天台宗の広がりにともなって、日吉大社は日本を代表する神社になっていきました。
知識の組み合わせ遊び・風土の探検 履歴

サクラは稲作にとって神聖な花だった!
鎌倉 子宝のご利益がある「甘縄神明宮」
目先の問題をどう切り抜けるか、という立場からの行動は?
尾道 村上水軍の信仰を集めた「光明寺」
自分に正直になる、それが自分の足で立つということ!
厚木 社殿の前の白山池に棲む白龍「白山神社」
あんな曖昧なことを言ったから失敗した?
江の島 台湾近代化の尽力者児玉源太郎を祀る「児玉神社」
江戸時代、江戸の人口が急速に増加!
尾道 石仏の下に象「海徳寺」
快い眠りは、自然が与えてくれる看護婦だ!
鎌倉 関東大震災で倒潰、40年後再建「円覚寺 仏殿」
すべての商品が「売れる」ということはありえない!
厚木 明治の先進民家「古民家 岸邸」
男は「できる男」と思われたいもの!
尾道 本通り商店街入口「林芙美子像」
「ソメイヨシノ」最初は「吉野桜」で売り出した!
福山 鞆 江戸時代の石造では全国最大級「常夜灯」
武家の土地所有権は、なし崩し的に認められただけ!
鎌倉 平政子(北条政子)の墓がある「寿福寺」
種子は保存ができる、それが争いのはじまり!
尾道 海雲塔とも呼ばれる「天寧寺 三重塔」
リラックスして楽に過ごすと花粉症になりやすい!
厚木 長野高遠石工の作か地蔵様がある「広沢寺」
その他 特 集

相武台公民館にて「台湾少年工と高座工廠」
プレゼンテーションへ

 test1 test2 test3
 参考にした書籍・場所
 
 猿は山王権現の使いとされていたために、山王崇拝とつながって、室町時代になってから庚申信仰の本尊どして“山王”が崇拝されるようになり、それか「三猿」につながったのでしょうか。
 祭神の大山咋神(おおやまくいのかみ)は、日吉(ひよし)・日枝神社や松尾(まつおの)社系の神社の主祭神としても名前が知られています。

 大山咋神は、水源の山の神で、また、縁結び、結婚、子宝とは非常に縁の深い神様であり、参拝すればきっと良縁のご利益を授かる、とされています。

 名前は大山に杭を打つ神、つまり、大きな山を所有する神を意味する。近江国の日枝山(ひえのやま)(比叡山)に鎮座し、葛野(かづの)の松尾に坐(いま)す鳴鏑神(なりかぶら)ともいいます。
 明治二年(1869)、「山王大権現」から「日枝神社」に改称、祭神も「大山咋命」に変わり、同六年には村社に列され、同十八年八月に再遷宮の記録があります。

 昭和九年(1934)五月、社殿再建と共に神楽殿も完成し、外郭も整ったところで、当時の東京府麹町の日枝神社より新たに分霊し、社号も同年十月に「日枝大神」に改め現在にいたっています。