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料識亭(ころんぶすのたまご)
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「知識の組み合わせ遊び」へ と 「風土の探検」へ
2023年1月29日(日)
鎌倉 鎌倉では珍しい五重塔「龍口寺」
 龍口寺の五重の塔は明治四十三年(1910)竣工、棒造り銅板葺き、神奈川県で唯一の木造本式五重塔である。

 初層の上部には彫刻師、永田伊助の手になる日蓮大聖人御一代記が奉納されている。

 五重の塔は、この世と、また、私たち人間を形づくっている五つの要素である
「地」、「水」、「火」「風」、「空」の五大を意味する。
知識の組み合わせ遊び・風土の探検 履歴

少ないもので八面六臂に活躍させる!
尾道 柔術不遷流の開祖不遷がいた「済法寺」
日本古来の「恥の文化」は!
厚木 親鸞聖人が御巡錫の場「弘徳寺」
"魂がよろこぶほう"を選ぶ!
鎌倉 比企能本夫妻の像が「妙本寺祖師堂」
物をたくさん持つよりも体験を重視!
尾道 昔の船着き場が「福本渡船 ⇔ 駅前海岸」
雑談をしながら互いの関係を築く!
海老名 大型の一間社流造「有鹿神社」
相槌は、話を好意的に聞いてくれている!
鎌倉 源氏と鎌倉のつながりのできた「元鶴岡八幡宮」
相槌は、話を好意的に聞いてくれている!
尾道 生口島 奈良・平安時代を参考「耕三寺」三段
「もっと、もっと」と!
座間 鈴鹿郷神社の神輿が海上を渡御し漂着「鈴鹿明神社」
悪いのはわかっているけれども!
福山 古くからの航路、航海安全を祈願「阿武兎観音」
殺伐たる世の中で「曖昧さ」が平和を!
鎌倉 このあたり源義朝の屋敷のあった「寿福寺」
まず傾聴することに専念すること!
尾道 行基菩薩創建と伝えられる「西国寺」
最大の富はわずかな富に満足すること!
座間 日蓮が立ち寄り休息をされた「圓教寺」
その他 特 集

相武台公民館にて「台湾少年工と高座工廠」
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 参考にした書籍・場所
 山門の彫刻は、中国の故事(黄石公と張遼)にちなんだものでしょうか。
 張良とは漢の三傑の1人。張良がまだ若い時、黄石公という老人に弟子入りし、太公望の兵法を教授してもらうことになる。しかし老人は何も教えてくれない。ある日路上で出会うと、馬上の黄石公が片方の沓を落とし、履かせるように張良に言う。 張良はしぶしぶ沓を履かせる。また別の日に路上で出会うと、今度は両足の沓をバラバラと落とし、履かせるように張良に言う。張良はムッとするのだが、沓を履かせたその瞬間に兵法奥義を会得するという話。それだけの不思議な話だが、その話しがいろいろと修飾されていったのでしょう。
 龍口寺の始まりは、日蓮の弟子の日法(にっぽう)が日蓮が亡くなった後、日蓮宗にとって記念すべきこの地を後世に残すために自分で日蓮の像を刻(きざ)み、1337年(延元2年)に草庵(そうあん)を建てて安置したことだといわれますが、やはり日蓮の弟子である六老僧(ろくろうそう)が建てたともいわれます。1883年(明治16年)ごろに住職を置くようになるまで、龍口寺には住職を置かず、輪番八ヵ寺といって、近くの八つの寺が順番に龍口寺を守っていました。室町時代のころは龍口院と呼ばれていたようで、龍口寺の名が出てくるのは戦国時代になってからです。
 龍ロ法難の際、幕府に捕らえられた日蓮大聖人様がへの一晩幽閉されたと、伝えられる洞窟。 (説明板より)

 日蓮は、最初は比叡山で勉強しています。法然や親鸞も比叡山で「天台浄土教」という天台宗の中で発達した浄土教を勉強していますし、道元も最初は比叡山で勉強して、山を下りてから禅宗のほうに入っていっています。
 「法華経こそ、真の仏の教えだ」と、日蓮が開眼し開宗したのは建長五年(1253)、日蓮三十二歳のときです。
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