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料識亭(ころんぶすのたまご)
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「知識の組み合わせ遊び」へ と 「風土の探検」へ
2026年2月24日(火)
座間 源頼朝在世中に坂東八番の札所に「星谷寺」
 行基菩薩が諸国教化の際当地で金光星の如く山谷に輝くのを見て、自ら聖観音の像を彫刻し、堂宇を営み星の谷観音堂として建立されたもの。

 観音堂は鎌倉時代に焼失し、現在地に移されたと伝えられる。

 江戸時代には、坂東三十三ヶ所の第八番として崇敬を集め、1591年には徳川家康より寺領2石の朱印状を拝領している。

 関東以北では2番目に古いという梵鐘の他、星谷寺七不思議など古くからの言い伝えが数多くある。

 古くから「星谷寺の七不思議」(銅鐘・星の井・楠の化石・咲き分け散りの椿・観音草・根不断開花の桜・下りの紅葉)の言い伝えがある。
知識の組み合わせ遊び・風土の探検 履歴

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 参考にした書籍・場所
 
 星の谷観音堂が坂東八番の札所になったの源頼朝在世中のことと思われます。
 この頃は今でも本堂山と呼ばれている400mほど北東の丘の中腹にあったと伝えられていますが、いつの時代か、相模野の野火が延焼して焼失、現在の地へ移ったといわれています。
 戦国時代には北條氏の保護を受け、小田原から府中へ人至る街道上の宿泊所としても利用されましたが、徳川氏はあまり重要視せず、朱印地(非課税の領地)も三石しか与えませんでしたが、正保国図(元年・1644年)などには北相模で唯一(随一)の社寺として観音堂が書かれており、民衆の間には相当重視されていたものと思われます。
 江戸時代に入り、天下が太平になると、民衆の間にも百ヵ所観音、あるいは、坂東三十三ヶ所参りが流行しました。市内で最古の百ヵ所参りの記念物は、星の谷観音堂にある貞四年(1687年)の額です。
(「座間むかしむかし 第二十六集」 座間市教育委員会 2004/3/30 発行 より)
 正しくは星谷寺(しょうこうじ)。一般に星谷寺(ほしのやでら)と呼び慣わされている。観音堂があって古くから星谷観音(坂東八番札所)として知られる。古い寺で、奈良時代に行基が開山したと伝えられる。北方の星谷寺奥の院跡と伝えられる場所が、現在の県立谷戸山公園の中にあって、五基の板碑群と古い墓地が残されている。梵鐘もまた関東では一番古く、嘉禄3年(1227)銘のもの。星谷寺文書も残り、境内には文学碑も多い。