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料識亭(ころんぶすのたまご)
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「知識の組み合わせ遊び」へ と 「風土の探検」へ
2026年2月4日(水)
座間 行基が金光星の如く輝くのを見た「星谷寺」
 星の谷観音堂が坂東八番の札所になったの源頼朝在世中のことと思われます。

 この頃は今でも本堂山と呼ばれている400mほど北東の丘の中腹にあったと伝えられていますが、いつの時代か、相模野の野火が延焼して焼失、現在の地へ移ったといわれています。

 戦国時代には北條氏の保護を受け、小田原から府中へ人至る街道上の宿泊所としても利用されましたが、徳川氏はあまり重要視せず、朱印地(非課税の領地)も三石しか与えませんでしたが、正保国図(元年・1644年)などには北相模で唯一(随一)の社寺として観音堂が書かれており、民衆の間には相当重視されていたものと思われます。

 江戸時代に入り、天下が太平になると、民衆の間にも百ヵ所観音、あるいは、坂東三十三ヶ所参りが流行しました。

 市内で最古の百ヵ所参りの記念物は、星の谷観音堂にある貞四年(1687年)の額です。

(「座間むかしむかし 第二十六集」 座間市教育委員会 2004/3/30 発行 より)
知識の組み合わせ遊び・風土の探検 履歴

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尾道を代表する景勝の地「千光寺山頂」
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口ぐせは、パーソナリティさえ容易に推察できるもの!
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高齢者の三人に一人は、仕事でときめいているか?
尾道 天保大飢聾に本堂建替で人を救った「慈観寺」
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温暖化は、激しい気象現象を引き起こします!
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たき火をするときは天候もチェック!
尾道には時宗寺院が六ヶ寺、その一つ「海福寺」
生涯現役を貫くことが、再び時代の風潮!
厚木 馬頭観音菩薩を安置した「七沢観音寺」
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鎌倉 熊のような猫が住みついたという「報国寺」
「どうして」「なんで」の後には、否定的な言葉が続く!
尾道 生口島 1936年から建立が始まった「耕三寺」
「成績がよければ何をしてもOK」はダメ!
その他 特 集

相武台公民館にて「台湾少年工と高座工廠」
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 参考にした書籍・場所
 
 お寺の山門に怒った顔をして立っている仁王像は、ふつうペアをなしており、一方は口を大きく開き(それを「阿(あ)」形(ぎょう)という)、もう一方は口をへの字に結んでいる(それを「吽(うん)」形(ぎょう)という)。
 仁王は金剛力士とも呼ばれ、仏法を守護し邪悪をしりぞけるために寺の入口に立っている。一体の仁王像もあるが、ペアの仁王像では一方は「阿」形、もう一方は「吟」形の姿で表現される。
 正しくは星谷寺(しょうこうじ)。一般に星谷寺(ほしのやでら)と呼び慣わされている。観音堂があって古くから星谷観音(坂東八番札所)として知られる。古い寺で、奈良時代に行基が開山したと伝えられる。北方の星谷寺奥の院跡と伝えられる場所が、現在の県立谷戸山公園の中にあって、五基の板碑群と古い墓地が残されている。梵鐘もまた関東では一番古く、嘉禄3年(1227)銘のもの。星谷寺文書も残り、境内には文学碑も多い。






【弘法大師像】
 弘法大師空海は、日本最高の書家の一人としても有名。彼は「その字を書くときは、その気持ちになれ」といっています。岩という字を書くなら、岩をイメージして、自分が岩になった気持ちになれ、というのです。そうしてこそ、最高の字が書けるというのです。