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「知識の組み合わせ遊び」へ と 「風土の探検」へ
2026年8月19日(水)
鎌倉 生き延びた比企高塚の屋敷跡に「本龍寺」
 本龍寺(ほんりゅうじ)は、神奈川県鎌倉市にある日蓮宗の寺院。山号は龍口山。本尊は大曼荼羅。霊跡本山比企谷妙本寺の旧末寺(池上土富店法縁)。

 この寺は、日蓮聖人の直弟子である日朗聖人の弟子、朗門九鳳の一人、妙音坊日行聖人を開山とする。比企高家の屋敷跡に建てられたと伝えられ、境内には高家の墓が残る。

 龍口寺輪番八ヶ寺の一つ。慶長6年(1601年)に津村の国人で日蓮宗の信奉篤い島村采女により龍口寺が本格的な寺としての格式を整えられてから、江戸時代までは片瀬腰越八ヶ寺(通称片瀬八ヶ寺)が輪番で維持していた。

 本龍寺もそれまでは、「与蓮山」と号していたが、「龍口山」と改める。
 平成14年、立教開宗750・創建700年を期して、本堂建て替え並び寺域整備を行う。

(鎌倉市教育委員会発行「かまくら子ども風土記(13版)」より)
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 参考にした書籍・場所
 
 本龍寺は龍口寺輪番八ヵ寺のうち、もっとも早い時期に建てられたお寺です。1302年(乾元元年)日行によって開かれました。
 山門を入った正面の本堂には、田辺ガ谷(たなべがやつ)の雨乞(あまご)いの日蓮上人像や大黒天、鬼子母神(きしぼじん)、十羅刹女(じゅうらせつじょ)像などが、本尊の三宝本尊とともにまつられています。また、室町時代の作で、彩色も美しい日行上人像も安置されています。
 寺の伝えでは、本龍寺の土地は比企高塚の屋敷跡だとされています。高塚については、妙本寺(みょうほんじ)を開いたといわれる比企大学三郎能本(よしもと)だともいわれていますが、「文永二年」(1265年)まで生きていたことから考えると、能本の父である比企能員(よしかず)が殺され、一族が滅ぼされたときに生き延びることができたと思われ、能員にそれほビ縁の深い人ではなかったのではないかともいわれています。