浄土寺(真言宗)
尾道市東久保町  標高:19.9m
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 阿弥陀堂(重要文化財)

 南北朝時代,康永4年(貞和元,1345)再建と伝えられる。本堂,多塔宝(国宝)が再建された後に建てられたものと思われる。優れた和様建築と評価されている。
    阿弥陀堂の内部。

 正月には七福神の掛け軸がかけてあります。
「伝書鳩で大阪の米相場を」

 江戸時代のことです。お米の商いをしている商人が浄土寺におまいりに行きました。
 お和尚さんに奉納のお金を渡すとき
「大阪の米相場が安いんで、これだけしか奉納ができないんです、申し訳ございません」と言って渡しました。
 和尚さんは「どうもありがとう、でも大変ですね。ところで大阪の米相場って、そんなに上がり下がりするんですか?」と言いました。
 すると「米相場はそうなんですよ、米の相場が
分かれば、もっと安心して商いができるのですがね」と言いました。
 すると、和尚さんは「このお寺の言い伝えに、源氏が伝書鳩を使って連絡をしていたっていう話が伝わっています。どうですか、伝書鳩を使ってみたらどうですか」といました。

 それを聞いた商人は、早速大阪の米相場の商人のところに訪ねて行き、伝書鳩を使った相場の連絡のことを話してみました。
 すると、大阪の商人は「伝書鳩は江戸幕府が禁止してるんだよ、残念だなぁ」 と言いました。



詳しく聞きますと、
「大阪で伝書鳩を使った商人が捕らえられて、大きな処罰をされたそうです。そのため今は一切そんなことはしてない、無理だ!」
 と言いました。

 尾道の米商人は、尾道に帰って浄土寺の和尚さんを訪ねてその話をいたしました。
 すると和尚さんは
「徳川幕府が伝書鳩での連絡を禁止しているのは、そんなに公になっていない話だよなぁ、でも大名に鷹狩りを勧めている話はよく聞くなぁ。鷹のエサは鳩だからそうなんだろうのう」と話しました。
戻ってきて住みついたんだ」
 そんな話にしてはどうだ。
 そして、伝書鳩だけだと目立つからドバトをいっぱい飼って、鳩が飛んでいるのが当たり前にしてしまおうよ。」
という話、そういう話の案ができました。
 そして、商人と浄土寺の和尚さんはそれを実行に移しました。
 すると、お米は安定して高値で売れるようなことができて、そして商人もお寺さんもお金が十分行き渡るようになりました。
 めでたしめでたし。
 昭和10年頃の写真
 そして和尚さんは続けていました。
「でもなー、大阪と尾道は瀬戸内海の上を飛んでくれば、鷹には襲われないよ。この付近に住んでいる猛禽は、みな魚を狙ってるんだから鳩は大丈夫だよ」
 と言いました。そして
「後はどうやってごまかすかだなぁ」と言いました。
 そこで、商人と和尚は知恵を絞りました。そして、土鳩をたくさん飼ってごまかすこと。それに、昔話を作ってごまかすことを思いつきました。
 和尚は「九州に落ち延びた足利高氏が京都へ攻め登る時、伝書鳩が水先案内をしたんだよ。そして、大阪の近くまで行って役目が終わって、このお寺に










 1328年建立の和様の多宝塔(国宝)

 多宝塔は密教寺院に建てられる塔。多宝塔としては大きな建築で、二階がかなり細く軒の出が大きいのが特徴。美しい塔です。


 大日如来及び脇侍を安置し,内部には彩色が施され,壁面には真言宗の名僧を描いた真言八祖像がある。
 多宝塔ならではの魅力は、多宝塔という姿そのものの美しさです。四角の初重の上に屋根が載り、その上に円筒形の胴が載って、二重の屋根を支える。この胴の太い細い、軒の出の深い浅い、また軒反りの強い弱い。それらのバランスを、どううまくとるか。そこが多宝塔の大きな見所になります。
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