浄土寺(真言宗)
尾道市東久保町 標高:19.9m
【化け猫(ねこ)退治(たいじ)】【A】
きょうも浄土寺(じょうどじ)では法要(ほうよう)があった。
「おかしい、お膳(ぜん)が一つたらん。たしかに数だけ置いたんじゃが」
小僧さんは困(こま)った顔をして首をかしげた。
「そういえば、この前も一つたらんようになったなあ」
小僧さんぶつぶついいながら、もう一人の小僧さんをとっちめた。
「今あったものが、のうなってしもうた。ここにはおまえとわたししかおらん。
のはけしからん。調べてまいれ」
それで、法要のたびに役人が見張(みは)ることになった。
目を皿のようにして、じっと見張っとったが、だんだん疲(つか)れてきてしもうた。
「ちょっとぐらいならええじゃろう」
と、つい後ろを向いてしもうた。
それがいけんかった。
前をむいたときには、お膳が一つ消えとったんじゃ。
役人はしばらくぼかんとしとったが、冷や汗(あせ)をだしてわなわなと震(ふる)えだした。
これは妖怪(ようかい)のせいじゃと
手水舎
おまえがかくしたのか、それとも食うたのか。さあ正直(しょうじき)にいえ」
とな。
「今あったものがすぐ食えるか」
前にも疑(うたが)われたもう一人の小僧さんは頭にきた。
やっとられんと手伝(てつだ)いをやめ、あかんべをして本堂へ行ってしもうた。
法要のたんびにお膳が一つだけなくなってしまうことは、すぐに町中のうわさになった。
それがお殿様の耳にまでたっしたのじゃ。
「この領内(りょうない)でよくないうわさがたつ
思うたんじゃな。
腰(こし)がぬけたのか足が立たん。
廊下(ろうか)をはいはいしながら、みんなに知らせに行った。
そんなある日、一人の役人が大広間で一本の毛を見つけた。
銀色に輝(かがや)く、見たこともないような見事な毛じゃった。
「これはまさしく妖怪の毛、領内(りょうない)の名誉(めいよ)にかけても妖怪退治をさせよ」
殿様のつるの一声で、奉行は妖怪退治をする者をつのった。
じゃが、妖怪と聞いただけで、どんなに腕に自信のあるものもしりごみした。
そこで白羽の矢が立ったのが、府中(ふちゅう)に住んどった男の名人、千葉四郎衛門(ちばしろうえもん)じゃった。
始めは断(ことわ)っとった四郎衛門じゃが、
だんだん断りきれんようになってきた。
それいうのもな、四人の役人がやって来て
「お受け願えれば、腹を切らねばならん」
そう言うて、その場で切腹(せっぷく)の準備(じゅんび)をはじめたんじゃ。
これには四郎衛門も困(こま)ってしまい、妖怪退治をひきうけることになったというわけじゃ。
さて、その夜も浄土寺では法要があってな、いつものようにお膳が並べられとった。
集まった人たちは一言もしゃべらん。
みんな妖怪のことをうわさで知っとったんで、おそろしゅうてたまらん
ものすごい悲鳴(ひめい)が耳をつんざいた。
家鳴(いえな)りがして、百目ろうそくが一瞬(いっしゅん)にして消えてしもうた。
大広間は真っ暗じゃ。
人々は恐ろしさに震(ふる)えあがった。
次の日の朝、見てみると血のしたたりが浄土寺の東側にある奥山に続いとる。
人々は恐る恐るその後をおった。
「おお、こんなところに洞くつがある」
血のあとはここでぴたりとたえた。
四郎衛門は矢をつがえ、一歩一歩と用心深く入っていったんじゃ。
「吉和太鼓踊り」 広島県無形民俗文化財。
2年に1度、旧暦7月18日に浄土寺に奉納される踊り。足利尊氏の戦勝を祝って、地元の漁民が踊ったのが起源とされる。足利家の家紋入りのはっぴに鉢巻き、白襷に脚絆の若者が、大太鼓、小太鼓、鉦(かね)
の音に合わせ、勇壮に舞う。
底に車をつけた長さ4mの御座船を吉和(尾道の西端)から浄土寺までひき、参道の急な石段を「後ろ向き登り」歌い踊る。(石段を後ろ向きで踊りながら登る祭は非常に珍しいものです。)
かったんじゃ。
百目(ひゃくめ)ろうそくを立ち並べた広間は、明るうて、まるで昼間のようじゃった。
四郎衛門は、弓に矢をつがえて物かげにひそんで待ち構(かま)えとった。
針(はり)の音さえ聞きとれるほど、神経(しんけい)
を集中(しゅうちゅう)させてな。
ろうそくの炎(ほのう)がゆらいだのはその時じゃった。
四郎衛門は息を止め、すかさず天井裏(てんじょううら)へ向けて矢をはなった。
ぎゃおう!
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丹波神社
この鳥居は、大阪の象牙商である砂本福松氏の寄贈か。
昭和の初頃の写真ですが、この神社なのでしょうか?
足元には、たくさんのお膳やおわんが転がっとった。
血のにおいがし、うめき声が聞こえてくる。
らんらんと輝(かがや)く二つ目
四郎衛門は立ち止まって息をととのえた。
があ〜!
化け猫がするどいつめで襲(おそ)ってきた。
もはやこれまでと、四郎衛門は、化け猫めがけて矢を放(はな)った。
矢はみごとに命中(めいちゅう)してな、断末魔(だんまつま)の叫(さけ)び声が洞(どう)くつを震(ふる)わせたんじゃ。
化け猫を退治した四郎衛門は、お殿様からたくさんのほうびをもらったそうな。
しかしな、それからというもの四郎衛門の家には不吉(ふきつ)なことが次々とおこるようになったそうじゃ。
化け猫のたたりじゃろうか。
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