福本渡船 → 駅前海岸へ (旧船着場経由)
距離:162m 標高 出発:2.7m 到着:2.9m 最高点:2.9m 最低点:2.7m
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 昔の船着き場があります。クレーンなどなかった時代の港の風景です。

 このあたりは干満差(干潮時と満潮時の海面の高さの差)が4m程度あります。そのため、舟から荷揚げをするとき、船と船着場に渡す板の角度を平らにするため、船着場が階段状になっています。

 いまはクレーンなどがあり、このような船着場はなくなってしまいました。しかし、大災害で動力が使えなくなったとき、役に立つかも知れませんね。












 福本渡船。
 西(尾道駅)方向に向かいます。
 この先、昔の船着場に入るところがあります。












 むかしの船着場(改修されていますが)です。
 干満の差が4mほどあるので、人手で荷下ろしするため、船との渡し板の角度がゆるやかになるよう階段状になっています。
 災害時に電力やクレーンなどの燃料がなくなっても、人手でなんとか荷下ろしができますね。
 干満の差は、日本海では20cm程度、太平洋側では1.5m程度。瀬戸内海の中央部では、荷物の積み卸しが人手の時代は大変だったのでしょう。

 この石段は「雁木(がんぎ)」といいます。
【風琴と魚の町】より 林芙美子著

 浜には小さい船着場が澤山あった。
 河のやうに、「ぬめぬめした海の向うには、柔らかい島があった。島の上には白い花を飛ばした木が澤山見えた。その木の下を牛のやうなものがのろのろ
歩いていた。
 ひどくく爽やかな風景である。……天婦羅を一つ買った。……私は、母とその島を見ながら、一つの天婦羅を分けあって食った。
 「はようもどんなはいよ、売れな、売れんでもえゝとぢゃけに…。」母は仄(ほの)かな侘びしさを
感じたのか、私の手を強く握りながら私を引っ張て波止場の方へ歩いて行った。
 肋骨のやうに、胸に黄色い筋のついた憲兵の服を着た父が、風琴を鳴らしかながら「オイチニイ、オイチニイ」と坂になった町の方へ上って行つた。………


















 海に沿って行くと、駅前の海岸につながります。
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