西国寺(真言宗醍醐派の大本山)
尾道市西久保町  標高:52.3m
  【伝説 西国寺の不動明王】その1
  
   仏さまのお供え物を下げるのは、小僧さんの一番うれしい仕事でした。ある日の……こと、
   小僧さんは不動様のお供え物をさげるのをすっかり忘れていました。あくる朝、小僧さんは不動様のところへ急いで行きました。ところが、昨日は確かにお供えしてあったおまんじゅうが、どこへいったのか見当たりません。
   小僧さんは、和尚さんのところへとんで行きました。「和尚さま、たいへんです。不動様にお供えしていたおまんじゅうが見えません」と、
  光った目の不動様がパッと浮きしがって見えました。よくよく見ると、不動様の右手にしっかりと握られている剣の先にはネズミ一匹ささっていたのです。小僧さんは驚いて、昨日、不動さまの悪口を言ったのをお詫びしました。
  
  尾道民話伝説研究会 編「尾道の民話・伝説」 (2002年5月刊)より転載
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  半分泣きべそをかきながら言いました。和尚さんは、「それはきっと、頭の黒いネズミが食べたのだろう」と、笑いながら言いました。ぬれぎぬをきせられた小僧さんはプンプン怒って不動様のところへ談判に行きました。「不動様、不動様。自分のお供え物さえ守ることができないなんてなさけないでは
  ありませんか」小僧さんは、おいしいおまんじゅうがなくなったうえに、利尚さんからはぬれぎぬまできせられて、がっかりするやら腹が立つやら。
   次の朝、小僧さんはいつものとおり、お燈明をつけて回りました。不動さまのところへ来て暗いお堂にお燈明をつけると、真つ黒い顔にギラギラ
  
  
  
  
 
  
  
  
  
  
  
  「西国寺のお不動さま」その2
  
   大草履(おおぞうり)のある仁王門をくぐって歩くと、百八つの石段(いしだん)があってな、この石段をとんとんと登って行くと立派な金堂があるんじゃ。
   その上の段に、赤い灯明(とうみょう)提灯が
   そのお不動さま(不動明王)に昔から伝わっとる話をしようかの。
  
   むかし西国寺にかわいい小僧さんがおったんじゃ。 
   この小僧さんはまんじゅうが大好物じゃった。
  「しめしめ、きょうはおまんじゅうが供えてあるぞ」
   そう言うて本堂の掃除(そうじ)をしに行った。
   その日はお念仏(ねんぶつ)があったりして、大忙(おおいそが)しじゃったから、なかなかおまんじゅうを取りに行くひまがなかった。
   小僧さんは夕方になってやっと手がすいた。
   急いでお不動さまの部屋に行ってみたが
  
  
  
  ずらりとならぶ不動堂があってな、その中にお不動さまがいらっしゃるんじゃ。
   このお不動さま、昔から霊げんあらたかといわれとっての、今でも毎朝九時からお堂の中で護摩(ごま)がたかれ、ほら貝がならされてお祈りがされとる。
   障子の穴から数えてみるとな、五つも供えてあるんじゃ。小僧さんは朝からこのおまんじゅうが気になってしかたがない。お供えものをおろすのは小僧さんの仕事じゃったから、
  「お不動さま、わたしがおろしに来るまで、しっかり見張っといてくださいよ」
  ないんじゃ。今朝、たしかに五つあったおまんじゅうがすっかりなくのうとる。
  「和尚さん、和尚さん、大変です。お供えものがなくのうています。おまんじゅうだけがなくのうています」
   小僧さんが和尚さんの部屋にかけこんでみるとな
  
  
  
 
  和尚さんは、ちょびりちょびりとお酒を飲んどった。
  「なに、まんじゅうがなくのうた? それはだれかのお腹(なか)に入ったんじゃろう」
   和尚さんが小僧さんのお腹に手をあててそう言うたんで、小僧さんは自分が疑(うたが)われたと思っておもしろくない。
   ぷんぷんしながら出て行った。
   そして、お不動さまのところへ行って言うた。
  「お不動さま、あれほど見張っていてくださいとお願いしたのに、願いをかなえるのがお不動さまですよね?」
  「ひょっとして、お不動さまが食べたのでは
   それを見た小僧さんは畳に頭をこすりつけてわびた。
  「すみません、すみません。頭までたたいたりして……」
   そう言うて顔をあげたとき、剣の先に刺さっていた大ねずみがの、すうっと消えたんじ それからというもの小僧さん、だまっておまんじゅうを食べたりしなくなった。
   もちろん、二度とお不動さまの頭をたたくこともなかったということじゃ。
  
  (「尾道のむかし話」 西原通夫著より)
  
  
  
  
  
  
  ありませんか」
   小僧さんが何を言おうと、お不動さまは知らん顔をしていらっしゃる。だんだん腹(はら)がたってきた小僧さん、ばちでお不動さまの頭をばしっとたたいた。
   それでも、腹のむしがおさまらず、かねもたたいたが、
   小僧さんのもうひとつの仕事はお燈明(とうみょう)をつけてまわることじゃった。
   よく朝、まだ暗いうちに起き出して、お不動さまのお燈明をつけた時じゃ。
   お不動さまがゆらゆらとゆれてな、背中に背負った火炎(かえん)が燃え上がった。
   
  
  
  
  
    くわんくわん
  というだけじゃった。
   小僧さん、寝床に入ってもおもしろうない。
   ひとりぶつくさ言うておったが、いつのまにやら眠ってしもうた。
  びっくりして腰が抜けた小僧さん、おそるおそるお不動さまを見上げた。
   見ると、左手にもっている剣の先に、大きなねずみが突き刺さっとる。
   まんじゅうを食ったのはこのねずみじゃというようにな。
  
  
  
  
 
  
  
  
  
  
  
  
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   太子堂(弘法大師象を安置するお堂)
  
  
  
  
  
   恐い顔をしたお不動さんは、観音さん、お地蔵さんと並んで我々に馴染みが深い。が、優しい微笑を浮かべる観音、親しみやすい地蔵と異なり、不動明王は憤怒の相をしています。なぜ怒った顔をしているかというと、お不動さんは明王だからです。明王は孔雀明王を除いてみな怒った顔をして、背中に炎を
  背負っています。
   明王は密教の仏で、「明」とは陀羅尼を意味し、陀羅尼とは仏の呪文のような、やや長めの言葉を梵語で表したもの。その陀羅尼を唱えると大きなご利益を与えてくれるという仏で、呪力を持った者たちの王者という意味で明王と名付けたようです。
   明王の役割は、すべての人に悟りを開かせて救うことです。仏教の教えを聞かない人は「脅かしてでも救おう」とするからです。だから、顔は恐くても、心は優しく温かいのです。さらに修行者を加護し修行を達成させるとして修験道でも崇拝されています。