厚木神社
厚木市厚木町  標高 21.1m
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 この場所はかっての厚木町役場があった所でしたが、さらにそれ以前は旧幕時代の烏山藩の陣屋が建っていました。
 震災の被害は厚木町と相川村が最も大きかったのです。
 震災の1年後の大正13年9月に建てられた碑の正面には「あゝ九月一日」と彫られています。
石碑

・西征戦役二卒之碑
・忠魂碑 -1920年建立
・支那事変・大東亜戦戦歿者名碑 - 1972年建立
 厚木神社の境内の奥に高さが3mもの大きな忠魂碑が建っています。大正9年に建立されたこの石碑は、明治時代に起こった西南戦争と日清戦争および日露戦争に、厚木町から出征し戦死した兵士たちの慰霊碑として建立されました。
水神宮

 厚木下流 水神宮と刻まれている石碑が横にあり、昭和21(1946)年9月5日、相模川漁業会により建立されたものです。
    稲荷社

 安永六年(1777)に、京都の伏見稲荷大社の分社を勧請したものです。関東大震災で鳥居以外は壊滅しましたが、昭和8年(1933年)に再建されました。
 水月庵来之の句碑

 「散るあきて 木の葉しづまる 旭哉」

  万延元年(1860)8月に厚木生まれの斎藤利鐘造立したものであり、書家として有名だった人物です。
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