ここの堂守の僧が勝長寿院(鎌倉市雪ノ下にあたる相模国鎌倉大御堂ヶ谷に、鎌倉時代初期に源頼朝が建立した寺院)に参詣した帰り、路上で急死、84歳の命を落としたと「吾妻鏡」の1188年10月10日の記事にあるから、お堂がそのころにはあったようです。
今では個人宅にある社のようで、お茶屋(不動茶屋)なのかと思えます。お茶屋の奥にお堂があり、不動明王が祀られています。
窟堂(いわやどう)(岩窟不堂(がんくつふどう))は1184年(文治4年)からあり、今も奥の岩屋に不動明王がまつられています。窟小路(いわやこうじ)の道の名はこれによります。
鎌倉市教育委員会発行「かまくら子ども風土記(13版)」より
不動明王像は、仏像の中にはたいへん恐ろしい顔をしています。右手に剣を持ち、左手に羂索(けんさく)(縄)を持っています。その剣で煩悩(ぼんのう)を断ち切り、羂索で煩悩を縛り、人々を救う、ということです。
不動明王は19の特徴を備えているとされていますが、その顔は他の仏像の顔と違って、左右が対称なっていません。右目は全開しているのに、左目は細く閉じています(ただし両眼を全開したものもあります)、右目では天を見、左目では地を見ているとされています。
具体的には、病気、闘争、水難、火難、風難、地震、盗難などを取り除いて、収穫増大、商売繁昌、航路安全、学業向上など、人々のすべての願いを成就させてくれるありがたい明王です。
お不動さんのご利益の中でも、疫病退散が信仰を集め、山伏が病気治療の加持の護摩を焚く時も、しばしばお不動さんに祈っていたといいます。現代でもお年寄が病気の平癒祈願に行くのに一番多いのは、お不動さんと薬師如来だそうです。
小さな社殿に不動明王が祀られています。
不動明王の眼は「天地眼」と呼ばれています。
口も左右非対称です。右下の歯で右上の唇を噛み、左右の犬歯(牙〉の右は上に、左は下に突き出しています。顔の中で表情をもっともよく表わす眼と口。不動明王像ではそれらを左右非対称にすることで、恐ろしさが強調しています。
不動明王像は髪もまた左右非対称です。不動明王は長い髪をしており、通常それを束ねて左耳の前に垂らしているます。
不動明王像は、人々の迷いや煩悩を焼き尽くして悟りに導いてくれるとともに、災いも焼き払って福をもたらしてくれます。