「巷に来れは憩いあり、人間みな吾を慰めて 煩悩滅除を歌ふなり」(林芙美子)
碑文は自筆、裏面の「林芙美子記念働の文字は、川端康成氏。「少女期の感じやすい魂に文学の芽を開かしめたるは、この地なり」と刻まれている。
お隣にある「久保小学校」です。
1951年 6月29日、医師の手当てもおよばず、午前1時、永眠。芙美子48才。1957年の芙美子七回忌に母校の校門に建丈建てられた文学記念碑。
1933年に建てられた鉄筋コンクリート造り三階建てで、建てられてから80年を超えました。
太平洋戦中と戦後しばらくは、校舎がグレーと黒に塗られていたとか。
戦前に建てられた鉄筋コンクリート造の小学校でいまも使われているのは、広島県内には2つのみ。なんとその両方が尾道にある「土堂小」と、「久保小」だ。壁にくっついた煙突のような控え壁(バットレス)が、天に昇るような垂直性を表すところがゴシック的。規模・装飾ともに中国地方随一といわれ、昭和
初期の尾道の先進性をいまに伝える。
「尾道近代建物マップ」より